あんまりにもキラキラキラキラ輝いているから、宝石でも埋め込んでいるのかとすら思いました。

 

その目が

 

そっと、閉じられた薄い皮膚に指を這わせる。

熱く脈打つ血流のその下に、やわらかな弾力。

それがあの漆黒なのだと思えば、とても貴い物に感じられた。

ほんの僅か、畏敬にも似た心の揺れに指を離して、改めてそれが嵌る造型を見る。

散々殴った後だと言うのに、彼の顔は変わらず美しさを留めたまま。

鼻腔から血を流していてさえ美人なのだから、そうとうな物だ。

しげしげとその顔を眺め、驚嘆する。

造作だけなら雲雀以上の美人を見たこともあるが、なんと言うか、まとう空気が美しい人だ。

おもわず、汚してやりたくなる。

ああ、でも、

穢れず、そのままでいて欲しい。

相反する望みを胸に抱き、骸は懊悩する。

本当は連れて行きたいけれど、連れて行ってしまえば、彼は彼でなくなってしまうのでは無いかと、畏れてしまう。

骸が惹かれた彼が、消えてしまうのは、耐えられない。

それならば、手放してしまったほうがいい。

彼が彼でいられるように。

骸はそう考えて、彼を置いていく事を決めたのだ。

ただ、この美しい人を偲ぶよすがが欲しい。

彼そのものを体現する、その美しい瞳を。

もう一度、眼窩の窪みをなぞるように指を這わせる。雲雀の荒い呼吸を聞きながら胸の震えを抑える。

この器から引き剥がしてしまえば、その輝きを失ってしまうのでは無いかと、僅かな危惧はある。

そうなってしまったら、骸は耐え切れない。

彼のものは、彼のまま美しくあらねばならない。

こんな怖れを抱いた事は無い。

「起きてるんでしょう?目を、あけてください」

声に、反応して。うっすらと開かれた瞼。

そのあえかなまばたき。

自分を映す、漆黒。

ほんの一瞬だけ躊躇して、骸は覚悟を決めて、ぐっと切っ先を抉り込ませた。

「っああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

雲雀の咽喉から、鋭い悲鳴が上がった。咄嗟に振り上げられた腕を押さえつけて、骸は指を潜り込ませる。

熱く躰の内側。

最初が入ってしまえば、後は簡単だった。

柔軟性にとんだそれは、少々の圧力には体を変形させて従順に従ってくれる。しかし、力を入れすぎて潰してしまわないように、慎重に扱う。

ずるりと引き出した、丸いコロンとしたそれは、血に濡れてしまっている。

繋ぐ血管や神経を無理やり断ち切ったのだから、仕方ないのだろう。

あるべきものを抉り取られた雲雀のほうも、失ったそれを乞うて赤い涙を流している。止め処なくその赤は流れていくが、失血死するほどの量でもない。時期に、雲雀を探している人間らもやってくるだろう。

それでも、激痛に震えてびくびくと痙攣するさまが痛々しくて、骸はその赤を自分の手で拭ってやる。

後から後から溢れるそれに、まるで泣きじゃくる子供を宥める親のようだと感じて微笑ってしまった。

現に、雲雀は泣いていた。

残った瞳で、苦痛に生理的な涙を零している。

「すみません…でも、どうしても、欲しかったものですから」

断続的に呻く雲雀に宥めるように何度も何度も口付けて、瘧に掛かったような身体を抱き締める。

そうしながら、骸は雲雀から奪ったそれを見た。

血の膜に覆われて、それは白と骸の望んだ漆黒とを見せない。赤は美しいと思うが、今骸が欲しいのはその色では無い。

敏感な指先に感じるかすかな凹凸を頼りに、羽根が触れるように優しく拭い、骸は口元に寄せたそれに、舌を這わせた。

ひろがる、鉄錆の味。

涙腺からなのか、普通よりもかすかに多く塩気も帯びている。

粘り気のある濃厚なそれが雲雀のものだと思うと、そのまま咀嚼したい衝動に駆られる。

それを堪えて、骸は丹念に舌を這わせ、血を綺麗に舐め取ると、それを掲げた。

「ああ」

思わず、骸は安堵の吐息をこぼしす。

抉り取った瞳は、それでも綺麗だった。

彼の眼窩を離れて、なお輝いた。

それに、深く深く安堵する。

にこりと笑い、骸は自分の腕の中。震える人を見遣る。

喪失に落ち窪んだその眼窩に、代わりに自分のそれをいれてやったらどうだろう?当然適合はしないで、腐って落ちてしまうだろうが、ほんの一時雲雀の中にあったという事実だけで充分だ。

瞳の虚ろを見るたび、雲雀は骸を思い出すだろう。

自分の澱んでくすんだ瞳も、彼の中にあったなら、輝くかもしれない。

自分のそれを受け入れた雲雀を、見たい。

骸にとって、とても魅力的な思い付きだった。

そうしようと思い、自身の眼球に手をかけたところで、しかしはたと思い留まる。彼のこれからの逃亡生活において、視力が損なわれると言うのは致命的なハンデだ。

手放すとはいえ、もう一度ならずとも雲雀に会うつもりでいる骸にとって、それは歓迎すべき事ではない。

「とても、残念なのですが…」

諦めるしかないだろう。

心底哀しげに溜息をついて、骸は意識を失った雲雀の身体を横たわらせる。

足音が近付いてきている。

雲雀を探す彼らのものだろう。

「それでは、恭弥」

一秒でも早く、この場を離れるべきなのに、名残惜しげに骸は雲雀に囁く。

「ほんのしばらく、お別れです」

散々貪って、赤く腫れ上がってしまったその口唇にもう一度だけ自身のそれを重ねて、骸は最愛の人を置いて歩き去った。