入り込んだ異物に、軋む誰かの心からすら目を背けていた空間―――

 

Sunny rainy day.

【 だれの物でもなかったその腕を、僕だけの物にして 】

 

其処に留め置かれた山本の愛車をみて、雲雀はあきれ返った。

「君、一人できたの?」

「なんか問題あったか?」

「こんな所に車置いていって、盗まれたらどうするつもりだったわけ」

堅気では無いと一目でわかる人物でも車内にいるならともかく、無用心にこんな高級車を裏通りに放置するとは。

「平気だって」

根拠なく言い切る山本に、雲雀はまた溜息をつく。なんて楽観的な男だろう。そして、不愉快な事に、この男が言うと実際にそうなるのだ。腹立たしい事、この上ない。

山本は雲雀の不機嫌はいつもの事と受け流し、にこにこと笑ってドアを開けるとさっさと運転席に落ち着いてしまった。

それを見た雲雀は、もうなんだかどうにでもしてくれと言う気分になる。

あろうことか、ドアに鍵すらかけていなかったのだ。

本当に、どういう神経をしているのだ、この男。

すこし、意地悪をしてやりたい。

そう思って、雲雀は車の前に立ち尽くした。

「ヒバリ?」

一行に動こうとしない雲雀を、山本が不思議そうに呼んだ。

「ドア、あけて」

「へ?」

「僕、両手塞がってるから」

骸と繋いだ手と、傘を持った手を誇示してみせる。

別に傘なんてさしているわけでもないし、立てかけてしまえばいいのだが。

山本は、一瞬どうしたものかと悩み、ここで逆らえば、なぜか悪い雲雀の機嫌を、ますます悪くさせてしまうだろうと、おうせに従って車から降りようとドアノブに手をかけた。

しかし、その前に別の人間によってドアは開けられてしまった。

骸の隣にいたケンが、小さな手で開けたのだ。

ケンにしてみれば、骸をこのまま雨の中にいさせるのが嫌で、早く車内に入りたかったからという単純な理由からだったが、まさかケンが動くとは思いもよらなかった雲雀は、虚をつかれた。

ぱちぱちと瞬きを繰り返し、開かれたドアを見る。

だが、骸達にとってはいつもの事だった。

ケンが骸の手を煩わせまいと健気に働くのは。

「ありがとうございます、ケン」

ケンは骸に礼を言われて、嬉しそうに頷いた。

まさか怒るわけにもいかない雲雀は、困惑してケンを見下ろした。

「キョーヤ」

その雲雀の手を引いて、骸が乗りましょうと促してくる。雲雀は仕方ないと、首を振って車に乗り込んだ。

その間、律儀な雲雀はたとえ不本意であったにせよ、ケンにありがとうと言うのは忘れなかった。

 

 

乗り込んできた三人に、というか雲雀に、山本があっけにとられた顔をしていた。

「……なに?」

「や…ホントに本気なわけね」

「なにが」

容量を得ない山本の言い草に、雲雀は苛々と眉を吊り上げる。

「名前」

ぽつりと、複雑そうに山本が零した。

「呼ばせてんじゃん」

「なにか文句あるの?」

まさか君が僕に意見するわけ?とあからさまに心外と顔に書く雲雀に、山本は寂しさを覚えながら首を振った。

数年の付き合いのある山本にすら許さない下の名前を、雲雀は骸に許したのだ。文句は言いたくないが、やりきれない気分ではある。

男の言いたい事がなんとなく分かって、雲雀はあえて沈黙した。

山本と雲雀との間に、肉体関係があることにはあった。けれど、それだって恋情からと言うわけではないのだ。

ひょっとしたら、望めば恋人と言う関係になれるかもしれないことは察知していても、雲雀になる気はない。山本と恋人と呼ぶ関係になるのなら、雲雀はリボーンの愛人の一人になる事を選ぶだろう。

だから僅かに向けられる思慕も、素知らぬ風を装って、目を背ける。

山本自身も、雲雀が答えるとは思っていないから、何人かの相手と付き合ってはいる。

お互いの心情を察しているだけに、なんとも言えない空気が漂う。その雰囲気に耐えられなかったのか、骸が苛立たしげに、雲雀の手を引いた。

それに雲雀ははっとして、複雑な気分を振り払う。

「言う事がないんなら、早く出してよ。風邪ひかせる気?」

「ああ、わりぃ…」

山本も一つ息を吐きだして、ギアを引いてアクセルを踏み込んだ。

走り出す車体に従って生じる軽いGを受けながら、雲雀はシートに沈み込んだ。

小さく震動する皮のシートに落ち着いて、濡れた前髪が額に張り付くのを今更ながら感じて、煩わしいとかき上げる。

漆黒の髪からぽたりと滴った水滴に、シートが濡れてダメになるなと、雲雀はぼんやりと考えた。

けれど、自分にはどうでもいいことだとその思考を頭から追い出して、ゆっくりと瞳を閉じる。

「キョーヤ」

呼ぶ骸の声に瞼を開けば、骸が雲雀の膝に乗り上げてきた。

面食らって、しかし押しのける気にもならず、雲雀はちょうど自分と同じ高さに来た骸の頭を撫でてやる。

それに、子供は色の違う瞳を眇めて、クフフと満足げに含み笑った。

ケンはいつの間にか骸と繋いでいた手を離し、開けた窓から身を乗り出して、過ぎ去っていく街の景色に目を輝かせている。

なびく茶色い髪と、光が遮られた所為で、暗く沈んだ夜の海のような青を視界に収め、雲雀はふと微笑んだ。

骸が山本に抱いた、害意にも気付かずに。

 

 

 

 

いずれ誕生する怪物を知らぬまま、僕は卵を暖めていた―――

 

 

 

 

 

え〜、前回書いた3が気に入らなかった為、書き直しました。

なんだか、やっぱり山本視点だと、サニーレイニーって言う気がしません。

骸もあんまり目立たなかったし…や、これだって目立ってるとはいい難いですが、前よりかは…

前の山本視点は、どっちかって言うと番外編みたいなかんじかなぁ…

まぁ、何はともあれ、これからリボーン登場です。

骸最大の敵…?だれの心も、自分の心すら見ようとはしなかったあの日