幕は上がり、演目は始まっている。 さぁジュリエット! 狂乱する絢爛たる舞台の中、愛し合いましょう? 宴の中の再会act.1 退屈極まりなく不快そのもの。 と、言うのが雲雀の正直な感想だった。 眩ゆく煌めくシャンデリア。 その下で豪奢に着飾って笑いさざめく人々。 誰も彼も、似たような気持ちの悪い笑顔を貼り付けて談笑している。 上辺だけの言葉は空々しくて、ちっとも響いてはこない。 内心は腹の探り合い。 少しでも己の利益を得ようと狐のように油断無く隙を狙っている。 「くだらない茶番」 ぽつりと、雲雀のほんのり赤い唇から落とされた言葉は、ざわめきに飲み込まれて消えてしまった。 どうしてもと懇願されて、パーティー会場へ訪れ、雲雀は主催者と挨拶だけは交わしたが、それ以上関わる気はまったくなかった。本当だったらすぐにも帰りたかったのだが、相手方に失礼だからと綱吉に引きとめられて、仕方なく壁の花を決め込んだ。 だいたい、今回の主催者とだって、雲雀が直接言葉を交わす必要など欠片も無かった。それを向こう側が、以前一目見て気に入った雲雀も是非一緒に連れてきて欲しいと、強く望んだのだ。 相手が相手であり、無碍にも出来ず、いまいち押しの弱い10代目は断わりきれずに諾と頷き、不快を隠しもしない雲雀をどうにかこうにか連れて来たのだ。 雲雀はボンゴレの幹部ではあるが、あまり表には出ず、滅多に姿を現さないことで知られていた。これは本人の気質であり、あえて隠そうとしたわけではなかったが。(仕事が後ろ暗いのなんて、今さらだ) しかし、その不明な姿に反して、雲雀の勇名はどこまでも鳴り響く。 誰もが彼という人間に興味を持ち、その正体を知りたがった。 そして、その姿を見たことがあるものは感嘆し、まさに東洋の神秘だと口を揃えて褒め称えるものだから、その好奇の目はますます向けられる。 その雲雀恭弥がこの会場に居るというのだから注目は嫌でも集まった。 だが、一種独特の雰囲気を醸しだす雲雀に近寄りがたいのか、声は掛けてくる物は皆無だ。 欧米人には決して無い東洋人特有の木目細かくすべらかな肌に、幼げな風貌。いろどる色彩は艶やかな漆黒。小作りの顔はエキゾチックな魅力に溢れ、ぴんと張り詰めた、いまにも途切れてしまいそうな危うい静寂を纏う。 黒の三揃えのスーツを細身に優雅に纏って立つ、見慣れぬその美しさは、この国の人間にとって噂どおりの神秘だった。 まるで別種の空間を作り出す彼に、誰もが近付きたくても尻ごみしていた。 ちらちらと視線だけ向けられるのが、うっとおしい。 いっそ話し掛けてくるだけの気概でもあればいいのにと思いつつ、そんな相手がいればますます煩わしさに切れるだろう雲雀だ。 それだけに、先程から綱吉がひやひやとして何度も雲雀の姿を確認しているのも仕方ない。 もし切れたなら、真っ先に跳んでいってその怒りを納めなければならない。 出来ればこのまま雲雀の堪忍袋の緒が切れませんようにと祈る綱吉だったが、その願いが聞き届けられる事はなさそうだ。 いい加減我慢の限界も超えた雲雀が、流石に暴れるのは堪えて苛立ちも顕わに靴音も荒く帰ろうとしたところで、その行き先を遮った男がいた。 雲雀と同じような黒のスーツを身に纏った男は、うやうやしくグラスを差し出した。 「Voglia Lei accompagna persona
di it? Juliet.(ご一緒しませんか?ジュリエット)」 魅力的な笑みをたたえたその相手に目を見張った雲雀は、次いで皮肉気に笑んで腕を組んだ。 「お酒って、嫌いなんだよね、僕」 どこか愉しげなその様子に、周りで固唾を飲んで見守っていた観衆から驚嘆の声があがった。 どよめきに気付いた綱吉が慌てて事態を把握し、雲雀に声を掛けた命知らずは誰だと視線を巡らせれば、そこには見知りたくも無い、見知った男が立っていた。 思わず、よりによって――!!と頭を抱えてしゃがみこみそうになったのは許して欲しいと綱吉は誰にとも無く思う。 まったく、よりによってなんて言う男が出てきたのか!! 雲雀にとって、いや、雲雀の周りの人間にとって、鬼門中の鬼門の男だ。 先日、男が生きていたという報告をリボーンからされて、現在のボンゴレが頭を痛めている騒動もその男が引き起こしているらしいと知ったばかりだ。 雲雀と同じ黒髪。だが、どこか西洋的なものが窺える気もする容貌。裏付けるように、その瞳は青い。だが、片方は赤だ。 異様なヘテロクロミア。 深紅の中に浮かび上がる、六の文字。 忘れたくても、忘れられない。 六道、骸。 雲雀とはまた違った美貌を持つ、邪気なき悪意の魂は、いっそ清らかな笑みを湛えて其処に在った。 「奇遇ですね。僕も嫌いですよ」 じゃあ、これはいりませんねと、骸はボーイを呼ぶとグラスを渡してさっさと下がらせた。 流石にしつけられた接客係らしく、衆目の的の場におどおどした態度も見せずやってきて下がっていったボーイを見送り、雲雀は改めて男を見遣った。 「命知らずだよね、君も。堂々とこんな所に出てくるなんて」 「そうでもありません。僕はビジネスで来ただけですし、きちんと招待もされていますよ」 招待状、見ますか? と、尋ねられて、いらない、と雲雀は首を振る。 骸とこうして顔をあわせるのは、彼が先日屋敷に忍び込んで以来だから、二ヶ月ぶりになるか。その間、代わらず傘下ファミリーの訃報は届きつづけた。 警戒勧告を出しているにはいたが、防ぎきる事は不可能で、犠牲は増す一方。 しかも、捜索の命を出しているにもかかわらず、首謀者たる六道骸は尻尾一つつかませることなく依然姿をくらませたまま。 本当に、厄介極まりない男だ。 しかし、ここであったが百年目。 力では敵わないかもしれないが、どうにかして虚仮にしてくれている借りを返したい。 さて、どうしてくれようかと頭をめぐらす雲雀には、ここがどこであるかなんて関係が無かった。 綱吉には悪いかもしれないが、ここは目を瞑ってもらう事にする。 最優先にされるべきは、この男だ。 文句は言うまい。 「そんな今にも喰いつきそうな顔をしないでください。ずたずたにしてあげたくなるでしょう?」 クフフフフと、骸は和やかに随分と物騒なことを言う。 しかも思いっきり顔を顰めた雲雀を気にもせずに、相変わらず自分勝手に話をすすめようとする。 「ここではなんですから、僕の部屋へ行きませんか?宿泊客用の一室をいただいているんですよ」 「ちょっと」 一応は問いかけの形だが、彼は返事も聞かずに雲雀の細い腰を抱き寄せてさっさと歩き出してしまった。抗おうとした雲雀は、人気が無い方が都合が良いかと考え直して、大人しく骸に寄り添った。 見た目だけ仲睦まじい様子に、周囲は急な展開にあっけに取られたように見守っていた。 これが他の人間なら、上流階級の人間特有の火遊びだなんだと気にも留めないところだが、相手は“あの”雲雀恭弥だ。 しかも、不穏当な会話もたった今まで交わされていたのに、この変わり身はなんだろうか。 まるで恋人同士のようだ。 咄嗟に進行方向先にいた観衆たちが場所を退いて、さながらモーゼの十戒の如くに道が開けた。 そこをあまりにも堂々と歩き去って行く二人に、綱吉の悲鳴のような声がかかった。 「ひっヒバリさん!」 振り返って、あまりにも情けない顔をしているボスに雲雀は心配は要らないというように笑って見せた。 「ちょっと行ってくるよ。パーティーが終わるまでには戻るから」 「それだけしか付き合ってくれないんですか?久しぶりにあったのに」 「充分だと思うけど?」 なにをするつもりだと睨みつけようと、その程度では何も感じない骸は厚顔無恥に大衆の面前で言い放った。 「すみませんけど、一晩お借りしますね。心配なさらなくても、明日の昼には送り届けますから」 瞬間、雲雀は骸を殴り倒そうとしたが、それは男の押さえつける力の前に屈した。忌々しげに舌打ちして、あとで覚えてなよと恫喝して、雲雀は大人しく腕にこめた力を抜く。勿論、忘れませんよと答えて、骸は愛しげに雲雀の髪に口接けを落とした。 ますます顔を引きつらせる綱吉にはもう注意を払わずに、麗しいカップルは会場から姿を消してしまった。 あとには姦しく憶測を飛ばす来客と、連れてなんて来るんじゃなかったと、今更すぎる後悔の波に攫われるボンゴレ十代目の姿がの在った。 NEXT |