開け放たれたガラス戸から、するりと入り込んだ影に気付かなかったのは、油断してたからじゃない。

ねぇ、どうして君がここにいるの?

あの遠い過去に焼きついたまま、時に埋もれていくはずなのに。

 

ロミオとジュリエット

 

「ねぇヒバリ君。いい加減僕のモノになりませんか?」

一人掛けのソファーに優雅に腰掛けていた雲雀に、真っ黒な影が覆い被さるように顔を寄せて囁いた。

自分の頭の横に置かれた腕をちろりと横目で流し見て、雲雀はいつの間にか現れていた影に向き合った。

「嫌だって、昔も言ったよね?」

「どうしてですか?群れるのが嫌いだから――なんて言う理由は、もう通じませんよ」

以前は、そう言って拒絶した。

当時は本当にそれが嫌で、群れる奴等を嫌悪していたから。

今も嫌いだと言っても、説得力は無いだろう。

溜息をついて、雲雀は肘掛けに置いた手に顔を乗せる。

「君、相変わらず彼等と群れてるわけ?」

昔、上司や同僚達が煮え湯を飲まされた男の部下。

「ええ――大事なファミリーですからね」

暗に彼らも生きているのかと問いかければ、案の定肯定が返された。

あの時、日常に戻った自分に男達の死を伝えて来たリボーンに、無事に始末したんじゃなかったの、と、内心悪態をつく。それでも、表面上は毛一筋すら動かずに、ゆっくりと足を組み換えた。

「素直に君が嫌いだから、とは考えないの?」

「おや。それは想定していませんでした」

クフフと笑う声は覚えていたのとまったく変わらない。

あの少年の日となにひとつ変わらぬ影を見て、雲雀は物憂げに思考の渦に沈んだ。

実際、わからないのだ。

無様に負けたあの当時。弱点を着いて来るなんて卑怯だと思いながら、それでもそのハンデを無くて、勝てたと到底思えなかった。

その強さを嫉んで羨んで、自分の弱さが悔しくて情けなくて。

それを突きつけて、完膚なきまでに自分を叩きのめした男が恨めしかった。

彼の強さに、強く焦がれた。

自分の中に生まれた二つの感情をもてあました。

彼を嫌っているのか、好いているのか。

憎んでいるのか、

愛しているのか――

けれど、答えを出す前に全ては終わり告げ、雲雀はその感情に蓋をして、二度と思い出さないように鍵を掛けた。

それなのに、今になって男は記憶の彼方からやってきたのだ。

過去の懊悩を突きつけられて、雲雀は結局それから目を逸らした。

今はまだ、決着をつけなくてもかまわない。

現在(いま)の彼には、それよりも重要な事がある――。

「ところで、どうやってここまで来たの?」

塀に囲まれた外の庭にも、その広大な庭から続く屋敷の中にもガードの者や組織の者が数多く出歩いているはずだ。

男がテラスに立つまで気づかなかった事は、この際気にしないことにして―――。

どうせ今更だ。

自分がこの男に及ばないのは。

それでも、あの当時よりは力をつけたと自負しているだけに、悔しさは否めないが。

むっと唇を引き結ぶ雲雀から、影はぱっと離れると、芝居がかった仕草で両手を広げてお辞儀をして見せた。

「恋の翼に乗って、ジュリエット。貴方を攫いに参りました」

ゆっくりと上げたその顔を、月光が照らし出す。

かつてあった少年らしさだけを完全に消した、まったく変わらぬ相貌。

死んで記憶の中にしか存在しないはずの、してはいけない男。

六道、骸――――――

改めてその姿を突きつけられて、雲雀はそっと息を吐き出す。

違うはずなんて無いとわかっていても、やはり顔を確認するのとしないのとでは全然違う。

「シェイクスピア?生憎とバカな女と男の愁嘆劇なんて興味ないから」

「そうですね。でも、この台詞は素適でしょう?恋の翼だなんて、ロマンチックじゃないですか」

眉を顰めて吐き捨てる雲雀に、骸は恋する男そのものに、他人の恋を称え見せる。

「それに、彼らも彼らで頑張ったんですから、認めてあげるべきですよ。もっとも、僕でしたらそんな不確実な方法はとらずに、もっと確実な手段をとりますが―――」

意味ありげに切られた言葉に、雲雀はぴくりと反応して、いつも仕込んでいる愛用の武器に手を添わせた。

骸が現れた時から、想像はしていたこと。

「やっぱりあれは君の仕業だったんだ」

「ほんの些細なプレゼントです。気に入っていただけましたか?」

あっさりと肯定して、男は優しげな顔で酷薄に笑う。

先日ボンゴレの屋敷に届けられた、豪華にラッピングされた箱に入った、傘下ファミリーの、ボスの首。

しかもご丁寧に雲雀宛てだった。

内外問わず、リボーンと並んで無敗を轟かせる雲雀は、ボンゴレ最強の象徴だ。その雲雀に送りつけられたそれは、ファミリーへの挑戦状と取られた。

しかし、骸が贈ったと言うのなら、それとはまた別の付加価値がつけられる。

それの意味する所は、脅迫だ。

大切な者を失うか、それともこの手を取るかと、骸は問い掛けているのだ。

「生憎だけど、気にいらなかったよ、あんな小物じゃね」

そうとわかっていても、雲雀は屈するわけには行かない。

この事態には既にもう、ファミリーのプライドがかかっているのだ。

喧嘩を売られて、すごすごと要求された物を差し出すなど、できるわけが無い。

否。

雲雀の矜持が許さない。

しなやかな動作で立ち上がり、トンファーを繰り出して突きつけるが、骸は微塵も揺るがない。やはり、穏やかに微笑っている。

「それは残念です。では、今度はもっと大きなプレゼントを用意しますよ」

以前のように下から一人ずつ消していくつもりなのだろう。

贈られてきた首の持ち主は、傘下内で一番下位に位置する者だった。

「出来るものならね」

ぎりっとさらにトンファーを押し付けて、雲雀は男を強く睨み付ける。

「出来ますよ。貴方が望むなら、一番素適な物だってプレゼントして上げますよ」

暗に示された者に、雲雀は視線を鋭くした。

今の雲雀が、一番守らなければいけないもの。

ファミリーの、父たる人間。

「それではまた今度」

恭しく取った雲雀の手に口接けて、骸は来た時同様、静かに去って行った。

あえて追わずに、その背を見送った雲雀は、結局振るわれなった武器をしまうと、疲れたようにソファーに向かって身体を投げ出した。

骸の出入りに使われたテラスのガラス戸が、キィキィと小さく音を立てて揺れている。

それをじっと見つめる雲雀の顔を、射し込む月光が白く浮かび上がらせる。

骸に良く似たその光は、しかし骸のように雲雀に何をするわけでもない。

目を閉じて、心を落ち着けようとした所で、近付く気配を感じて扉に顔を向ければ、僅かの後、青年が姿を見せた。

「あれ?ヒバリさんだけ?」

ガチャリと音をさせて入ってきた幼げな容貌なボスは、不思議そうに首を傾げた。

それでも、雲雀が使えてもいいと思った主だ。

綱吉は明かりもつけずに一人いる雲雀に何をしているとも聞かず、温かな笑顔を向ける。

風情を好む人だから、月でも見ていたのだろう。

以前、これと同じような状況で、獄寺の辛気臭ぇの一言で喧嘩になったことがある。思い出し、それでもなんやかんやで雲雀を認めている、獄寺の素直になれないところに笑みがこぼれた。

その笑顔も、骸とはまったく異なる。

同じ穏やかさでも、こんなにも違うのだ。

観察するような雲雀に気付いたのか、綱吉はもう一度問い掛けた。

「一人ですか?ヒバリさんの感じが、誰かといたみたいだったんですけど……」

さすがに鋭い一言を呟きつつ、部下にも関わらずに丁寧な口調で放すのに、雲雀は苦笑して肩をすくめる。

「気のせいじゃない?」

「そうですか?」

おかしいなぁ、と首を傾げる彼もさすがに人前では直すのだが、普段はいつもこんな調子だ。そんな綱吉に、本当は普段から治した方がいいとわかっている雲雀も、つられてついつい昔と同じ態度で接してしまう。

雲雀だけでなく、山本もそうだ。

そんな風にさせるのも、また彼の魅力の一つだろう。

リボーンもそういった事にとやかくは言わない。

何故か微笑ましい気持ちになって彼を眺めていると、その横で意味ありげに視線を送ってくるリボーンに気付いた。

それに、ふっと意識を冴え渡らせる。

流石に、リボーンは誤魔化せない。

探るような、面白がるような彼の視線に、雲雀は艶然と笑ってみせる。

リボーンの目は、不審な行動を取る雲雀に対して、決して怒りを宿していない。

彼もまた、スリルを求める傾向にあるのだ。

「本当に来てないよ―――」

だが、彼の不手際とも言えるこの事態に、少々意地悪をしたくなった。焦らすように言葉を途切れさせて、ゆったりと指を組んで顎を乗せる。

「誰もね――――」

獲物を前にした肉食獣のように目を光らせて、リボーンが気に入っていると言ってくれる、悠然とした、しかし色を含んだ笑みを口元に履く。

そうしてわざと低めの声を出せば、少年の目が苦笑に変わった。

それに悪戯っぽく目だけで笑い返して、雲雀はふと去って行った男の戯言を思い返した。

『恋の翼に乗って―――』

愚かな男の、愚かな台詞。

そんなもので空なんか飛べやしないのに。

「いや、そうだね。黄泉から舞い戻ったロミオが来ていたよ」

ロミオと呼ぶには、あまりにも狂気に満ちて、歪んだ死人だったけれど。

それを言えば、自分だってジュリエットになんか到底相応しくなんか無い。

あまりに純粋で幼い恋心。

そんないとけなさは、僕らには無縁だから。

それを思えば、血塗れで捻じくれまくった天邪鬼なジュリエットには、お似合いのロミオかもしれないね。

「はい!?」

訳のわからない台詞に、今度こそ混乱した青年と。

意味を汲み取って一瞬驚きに目を見張り、これから訪れるだろう愉悦に目を細めた少年との対比がおかしくて、雲雀はその名に相応しく高らかに笑った。

 

 

 

お芝居の中の二人は、悲劇で幕を閉じたけれど、

僕らはどっちになるのかな?

定石どおりにアンハッピー?

それとも―――

 

 

 

 

…… to be continued ?

 

text-s

えーはいすみません。

10年後でムクヒバ。

こんなバカな事考える私って…

当時の事件を補足しますと。

骸一派の捕獲成功

イタリアに移送

ボンゴレが責任を持って無事始末

これで一件落着とツナたちには伝えられて、雲雀たんも骸は死んだものと思っていたら、なんと十年後の現在ひょっこり現れてしまったんです。

そんなわけでこれからロミオ骸さんによるジュリエット雲雀たんの奪還作戦が決行されるわけですよ。

ファミリーがキャピレット家とモンタギュー家になるわけですな!

しかもリボーンやらディーノやら山元やらのライバルも!!(誰が婚約者かは謎。立場的に皆婚約者か)

当分イチャイチャは出来ません。雲雀たんはライバル達といちゃりますから。

あれから雲雀たんも色々あってね、骸さん。お相手は沢山いるの。

お初はいただいたんだし、文句は言わないで。

でもって、ハッピーエンドで終わるのか。アンハッピーで終わるのか。

そして誰にとってのハッピーかアンハッピーかって感じですねぇ…

そんなこと言いつつ続きはまったく考えていませんがね!!

とりあえずヒバリさんは美人でもてもてなのよといいたいだけ!!

あ、作中の台詞は、元とは違いますよ。

「恋の翼に乗って」

じゃなくて、

「恋の翼で飛び越えました」

です。うん。こんな様なニュアンスだった。

ようは骸さんのオリジナルです。

うわきも!!

しかもイタリア男じゃなくて一応日本人なのに…イタリア暮らしが長かったから感化されたんだね。うん。

どっちにしろ、寒いね…