一撃だった。

 

予備動作もなく繰り出された、片手に握られた武器による攻撃に、彼の部下はあっけなく吹き飛んだ。

 

「マウリツィオ!!」

 

部下の名を鋭く叫ぶが、返事は返ってこない。

いつもならば明るく返されるはずなのに。

駆け寄った別の部下が、倒れたマウリツィオの背を抱き起こした。だが、彼は悲観に染まった顔で振り向いて、首を振った。

その部下の腕の中から覗くマウリツィオのこめかみからは、赤い血が伝っている。

命を奪うことを前提とされた、急所を狙うどこまでも正確な攻撃。

なんの躊躇いもされなかったそれに、彼の護るべき部下が、死んだ。

「お前…!!」

ぎりぎりと歯を喰い締めて、唸るような恫喝を上げたディーノに、相手は小バカにしたように笑った。

「なんだ。以外と弱いんだね」

ころころと鈴を転がしたような、軽やかな声音。

両手に見慣れぬ金属の棒を添わせて持った、華奢な体躯の少年だった。

明るい、薄汚れた街の空ではなく、どこまでも落ちていきそうな深く澄んだ夜空の髪をしている。

「名高い跳ね馬ディーノの率いるキャパッロ−ネ・ファミリーの一員が、随分と情けないんじゃない?」

傾げられた頭の動きに、さらさらと音を立てて黒髪が零れる。

キラキラと瞳を輝かせて、少年は無邪気にこの状況を楽しんでいた。

人、一人の命を奪ったというのに。

その美貌は、愉悦にかすか色付いている。

ふつふつと湧き上がる怒りがありながらも、それに見惚れる自分をディーノは否めなかった。

なんて、美しい獣だろう。

足元に組み伏せて、その息の根をとめてやりたい。

きっと、絶息の最後の瞬間まで、その獣は誇り高く美しいだろう。

その栄誉を得られるかと思うと、ディーノは興奮にぞくぞくする。

「命、いらねぇみたいだな」

上擦った声だ。

部下を失った哀しみと憎悪。そして、確かな昂揚感。

全てを向ける相手。

獲物は、其処にいる。

舌なめずりせんばかりのディーノの様子に、少年は自身もまた愉しげにその武器を構えた。

 

ディーノの部下を容赦なく屠った少年は、俊敏な動きで、今度はディーノに向かって足を踏み出した。

 

 

時は止まらず、加速をつけて

 

 

「もう出てってよ!!バカ!!」

ロスアンゼルスでの用件を済ませてシチリアに戻って来た骸は、雲雀の部屋近くで聞こえてきた怒声に思わず相好を崩した。

彼の愛しい子供が、また癇癪を起こして暴れているようだ。

まだ僅かに残る距離を、歩調を速めて進む。

「今度はなにをしたんですか、二人とも」

部屋から追い出されて、困ったようにドアの前で佇んでいる犬と、腕に何かを抱えた千種に骸は苦笑しながら話し掛けた。

骸の姿を見て、犬がぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

「骸さ〜ん!」

千種はといえば、骸の帰宅に気づかなかった事に申し訳なさそうにその後ろで頭をさげた。

「いま帰りました。それで?今度はなにをしたんです?」

犬や千種より幾つも年下の雲雀は、彼らにとって可愛い弟のような存在で。病弱な事もあり、どうしても過保護に扱ってしまう。

それが気に入らなくて、雲雀はいつも臍を曲げてしまうのだ。

プライドの高い少年は、必要以上に加護される事を嫌った。

「それが…」

言いよどんだ千種に、珍しいと骸は眉を上げる。

千種が骸に報告する事を躊躇うほどの、なにかがあったのだろうか。

訝しげな骸の様子をみて、千種はますます言いずらそうに口篭もる。

だが、そんな事を考えない犬が猛然と喋り始めてしまった。

「聞いてくらさいよ骸さん!!恭弥の奴、キャパッローネに喧嘩売って、負けたもんだから拗ねちゃってるんすよぉ!!オレらのせーじゃないのに、辺り散らしちゃってさぁ!!」

きゃんきゃんと不平不満を並べ立てた犬に、瞬間、骸の微笑がぴくりと引きつった。

「キャパッローネ…?」

確かめるように呟かれた低い声音に、犬は自分がまずいことを言ったと悟って慌てて口をつぐんだ。しかし、時は既に遅い。

温もりを帯びていた笑顔が、瞬く間に冷ややかな物に変わっていく。

「二人とも、まさか恭弥を抗争に出したんですか…?」

不気味にほの光る眼で睥睨されて、さしもの二人も体を強張らせた。

どんなに近くに控え、長年仕えていようと、彼の怒りに慣れることは無い。

また、そんな風にそうそう慣れてしまうような力量の相手なら、心酔したりしなかった。

「……どうなんですか?」

優しいとすらいえる問いかけが、余計に恐ろしい。

すでに犬などは、縮こまって怯えている。

お前の蒔いた種の癖にと内心罵りながら、千種は乾いて張り付いた咽喉を必死に動かした。

「出したわけじゃ…ありません」

「出したんじゃない?」

「はい…キャパッローネとの抗争は、俺達も意図していませんでした。跳ね馬の動向を探って、恭弥が一人で仕掛けたんです」

ごくりと唾を飲みこんで、千種は骸の様子を窺った。

骸は、静かに千種の言い訳とも取れる説明に耳を傾けている。

「いない事に気付いて、オレと犬が迎えに行きました…ちょうど、キャパッローネのボスと、決着がついた直後でした」

「なるほど。つまり、恭弥の独断ですか」

納得したように頷いて、癇癪を起こしていた事から、雲雀が負けたんだろうと骸は推測する。

負けたからには、どうされようと文句を言えない。

勝者には、敗者に何をしでもいい権利があるのだから。

それを思えば、暴れるほど元気でいるうちに助け出した二人は誉められてしかるべきかもしれない。だが骸は、容赦などしなかった。

穏かに笑んで、氷の刃で切りつける。

「でも、監督不行き届きですよね。僕が出かけている間の事は、任せてあるはずです」

骸の言に、返す言葉も無い。

事実、二人は骸がこの国を離れている間のファミリーを仕切る存在だ。

大きな権限と、責任を持っている。

今だ事を構えるつもりの無かった、キャパッローネとの戦端を勝手に開かせた事、そして、なにより雲雀から目を離し、危険な目にあわせた事。

どんな責めを負わせられても、しかたがない失態だった。

理解しているだけに反論することもない千種の横で、犬は不安げにきょろきょろと視線を彷徨わせている。

その犬に視線を移して、骸は判決を言い渡した。

「犬。貴方、明日の御飯は抜きです」

「え!?骸さん!!」

殺生な!!と泣き声を上げる犬に、3日間無しの方がいいですかと骸が微笑みかければ、犬は大人しく黙り込んだ。

「う〜…明日一日、我慢します…」

ひどく落ち込んだ犬は、それでも今のうちに食べ貯めは出来るかなとこっそり考えた。

「千種は暫くM・Mと一緒にニューヨ−クに跳んでもらいます」

「わかりました」

せっかく帰ってきた骸の側を離れなければいけない事に千種は悄然と項垂れるが、それぐらいの制裁でいいのかとも思って骸を窺う。

処分を言い渡し、すでにドアに手をかけていた骸がそれに気付いて顔を向けた。

「君達にひどいことなんかしませんよ。ただ、ちょっと反省してくれればそれで充分です。わかりましたね?」

途端、喜色に頬を緩める二人に笑いかけて、骸は閉ざされた扉を開けた。

 

 

室内は惨憺たるありさまで、骸が出かける前に見た様子とは、随分違ってしまっている。

諸処に飾られた選り抜きの陶器やガラスの置物はすベて叩き落され、粉々に砕けて見る影もない。

暖炉前に飛び散る綺麗な色のガラス片を見て、あれは確かベネチアンガラスの水差しだったはずだと、骸は記憶を辿った。

別に骸にとってはどうと言う事も無いが、雲雀本人がいたく気に入っていたから、落ちついた時にきっと残念がるだろう。

引き剥がされてドアのすぐ傍まで転がって来ているのは、壁に掛けられていた風景画だ。見事に穴をあけられて、ぴんと張っていた紙がべらりとたれている。

薙ぎ倒されたスタンドも、電球のガラスが割れて眩しい光を今だ撒き散らしていた。

床に散乱している真っ白な羽毛は、クッションの物。ソファーの上に、ずたずたに引き裂かれた分厚い布地がまだ存在して、僅かにその中身を残している。

一歩を踏み出すごとに、床に積もった羽根がふわふわ舞い上がって室内を漂った。

近年稀に見る大癇癪を起こしたらしい。

しかし、流石にソファーまでは壊せなったようだ。

壊そうとした跡はみられたから、多分その前に体力が尽きてしまったのだろう。

靴跡や細い棒状の僅かな窪みを見て、そう見当をつける。

そういえば、千種がウェッジウッドの飾り皿を抱え込んでいた。

あれも多分、雲雀の猛攻から護ろうとしてのことだ。

暴れる雲雀を必死で宥めようとした彼らの苦労を思い、骸は同情した。

「ニューヨーク行きは、酷かも知れないですね」

身内に対しては、随分と甘い自分に自嘲しながら、骸は姿の見えない雲雀を探して寝室に続くドアをあけた。

薄暗い中、ベットの上の膨らんだ布の塊が目に入る。

また、随分と子供っぽいことをしているものだ。

クスクスと声をもらして、骸は蓑虫状態になった雲雀の乗るベットに近付いた。

「なにを暴れていたんですか?」

知ってはいても、雲雀の口からきくのは大事なことだ。

街の喧騒も届かない広大な庭と屋敷の中の奥まった部屋は、返事が無いのせいでしん、と静まり返った。

問いは重ねず、ゆっくりと座る骸の重みにも、大きな寝台は僅かな音も立てずに沈黙を守った。

その静けさに耐え切れなくなったのか。

しばらくして布団がもぞもぞ動きだし、中なら膨れっ面の雲雀が顔を出した。

だが、これが骸以外の人間だったら、また追い出しているだろう。

千種や犬には素直になれなくとも、骸には素直になれるらしいこの子供を、骸はひどく甘やかな顔で眺めていた。

「帰ってきてたんだ…」

「ええ。今さっき。おかえりなさいは言ってくれないんですか?」

ぶすっくれたまま、雲雀はぼそぼそとお帰りと呟いて、また黙り込んでしまった。

しかし骸はなにかを求めようとはせず、ただそこにいる。

居心地悪そうに顔をシーツに埋めてみたり、布団の中に潜り込んだりを繰り返して、雲雀はようやく顔を上げてきちんと骸をみた。

「……骸…」

なにごとかを言いかけて、やはり雲雀は押し黙ってしまった。

骸はその間、布団に丸まっていた所為でくしゃくしゃになっている雲雀の髪の毛を梳いて直してやる。

「どうしたんですか?」

幾度もそれを繰り返し、雲雀が布団から抜け出して、骸の膝に甘えてきた頃に、ようやくもう一度問い掛けた。

「聞いたでしょ?負けたんだよ」

骸の膝に座って、抱きついていた雲雀は不機嫌そのものに吐き捨てた。

そのまま骸の肩に頭を乗せて、あとはもう、ただ憮然と男の触れる指に身を任せる。

やはり、負けた所為で機嫌を損ねていたらしい。

思いの侭にならないからといって暴れる、まさに子供の論理だ。

だが、雲雀は事実まだ子供だ。

そんな自分勝手な論理を振り回したからといって、攻められる謂れはないし、大人になっても、多分そのままだ。

他でもない、雲雀を抱くこの男がそれを許すのだから。

「そうですか。でも、千種や犬にだって、まだ負けるでしょう?」

二人だけではなく、骸や、もう一人。対外的には六道 骸として知られている男にも、雲雀はまだ勝ったことが無い。

体術や武器の使い方を教えた自分たちに、まだまだ未熟で、場数を踏んでいない雲雀が勝てるはずが無いのはもちろん、身体も出来上がっていないのだから。

第一、雲雀は成長期が終わったとしても、到底腕力や持久力では敵わないだろう。

 

雲雀は、心臓が少し弱い。

 

健康そうにしてはいるが、元来体が丈夫ではないのだ。

本当は闘い方など教えるつもりはなかった。心臓に負担を掛ける運動など、もっての外だから。

だが、骸たちとともにいれば、危険な目には必ず会う。

勿論護りきるに決まっているが、もしもと言う場合もある。

だから、必要最低限の身のこなしを教えるだけて終えるはずだったのに。

骸は、そっと溜息を吐いた。

雲雀にセンスがあったのが悪かったのか、もともとそういう性分だったのが悪かったのか。

暴力の齎すセックスの時にもにた快楽を気に入った雲雀は、骸が止めるのも効かずに、武術にのめりこんで行った。

骸や千種達が教えるのを止めても、一人で勝手に鍛錬してしまう。

独学で無茶をされるより、管理を徹底して自分で教えたほうがいいと、骸が諦めるほどに。

その甲斐あってか、雲雀は今は一見いたって健康だし、そこらの人間が束になってかかってこようと、早々負けることは無いだけの腕は身につけた。

だが、真実強い者には、まだ敵わない。

いつ、そんな相手に当たったり、無茶をし過ぎて心臓が持たなくなるかわからない。

それを恐れて、骸は雲雀を抗争に出した事が無かった。

だというのに、雲雀は勝手に敵ファミリーに攻撃を仕掛けたのだ。

しかも、キャパッローネ。

骸がもっとも危険視しているのはボンゴレだが。キャパッローネは、その傘下ファミリーの、強者だ。

本当に、よく無事に帰ってきてくれたと思う。

雲雀の存在を確かめるように、何度も身体の輪郭をなぞる骸の手に、本人は心地よさ気に目を細める。

大した怪我もしていない様子に、骸は安堵した。(いや。する前に、敗北したのだろうが)

だが、そんな骸の気持ちも知らず、雲雀はつんと口を尖らせた。

「二人はいいんだよ。骸も、あいつも」

でも、他はいやなのだと、だだをこねる。

少々我侭に育てすぎたかもしれないと思わないでもないが、兄馬鹿や親馬鹿の嫌いがある骸は、これはこれで雲雀の魅力だと、容認して甘やかしてしまう。

「大丈夫ですよ。恭弥はそのうち、もっと強くなれますから」

「…骸よりも?」

「それはどうでしょう?」

探るように自分を覗き込んでくる雲雀をはぐらかして、骸はその体を膝から下ろして、ベットに寝かしつける。

「なにそれ」

大人しくベットに入った躰に、丸まっていた布団を広げて上から掛ける骸に、雲雀は不満そうな声をもらした。

だが、答えは返ってこないと長年の付き合いから知っていたので、それ以上の問いかけを発する事は無い。

「さぁ、もう休みなさい。怪我が治るまでは、安静にしていないと」

「かすり傷だよ」

「それでもです」

「過保護」

そうは言っても、暴れまわって疲れたこともあって、いわれるまま眠りにつこうとした雲雀は、ふと気付いたように骸を見上げた。

「……ねぇ。僕、さっきみっともない顔してたよね…」

布団から出てきたときの、膨れっ面を言っているらしい。

そんな事を気にして。まるで好きな人に嫌われる事を恐れる少女のようだ。

思わず吹き出した骸は、腰を屈めて瞼に口付けてやる。

「大丈夫ですよ。恭弥はいつでも可愛いですから」

「骸の言葉は、信用できない」

笑われた事にむっとして、雲雀はぷいと横を向いてしまった。

「おや?ひどいですね。恭弥に嘘をついたことなんてないのに」

心外だと哀しそうな顔をしてみせる男を振り返って、雲雀は悪戯っぽく笑って見せた。

「嘘吐き」

笑い声交じりのそれに、骸もやはり笑って答えた。

「さぁ、どうでしょう?」

なんとも取れない微笑を浮かべて、男はベットから離れていく。

「寝ないの?」

男が必要があってそばにいない時以外、いつも同じ寝台に入るだけに雲雀は訝しげに身体を起こした。

「まだやり残した事があるんですよ。恭弥の顔を見ようと、真っ先にここに来てしまったので」

「ふ〜ん」

「拗ねないでください。なるべく早く終わらせてきますから」

「拗ねてないよ」

「そうですか?」

「そう」

それでも引き止めるようにも聞こえるそれに、出て行く男は最後にやさしい囁きを残した。

 

ti amo kyoya(愛していますよ、恭弥)

 

耳に響くその甘やかな言葉を反芻して、雲雀はぽふっと枕に突っ伏した。

「そんなの言うくらいだったら、傍にいなよ。バカ」

 

もう、時間が無いのに……

 

呟きは誰の耳のも入ることなく、解けて消えてしまったけれど。

骸の代わりにもならない枕をきゅっと抱き締めて、雲雀は骸はやっぱり嘘吐きだと確認したのだった。

 

 

 

 

 

別人感が漂う感じでお届けします。第一話。

千種と犬のキャラが今一わからん…愛が足りないのか…

えー、0から一気に話は飛んで、雲雀は15歳です。

0の時は、言ってませんでしたが、10歳くらいです。あれから五年です。

美人に凶悪に育った雲雀は、骸大好きっこです。(子供の頃からそれはもう美人だったけどな!!骸に手を出されまくってたし!!)

そしてやっぱり人のことは塵くらいにしか思ってません。

作中に出てきて地名は適当…マフィアの沢山いる場所なんて知りません…間違ってたら潜伏中ということでv

あと、心臓もです…詳しい事なんてまったく知りません。

心臓弱い人が、雲雀みたいに動いていいはず絶対無いって…

それとも、健康になったことにしとこうか…ふふふ

しかしなんでこんなに長いんでしょう。

1話に入れる予定のストーリーを全部盛り込んだら、こんな事に…

マジで「サニー・レイニー」より早く終わりそうだ…

いや、「サニー」のが予定外に延びたんだが…

今回骸がクフフって笑ってないのが心残り。そして別人なのが…でも、もう書き直す気力が無い…

パトラッシュ、僕はもう疲れたよ