様は風紀委員長

やらい<後編>

 

 

「いい加減泣きやんだら?加湿器じゃないんだから」

食膳が運ばれて来て尚さめざめと泣き続ける旦那様に、隣に座った奥様からの胸に痛い叱責が飛ぶ。

「はい・・・すみません」

「やりたいって言ったのは君でしょ。なんでそんなしょぼくれてるわけ」

「いえ・・・思ってたのとちょっと違ったものですから」

「伝統行事なんて地域差が顕著なんだから、想像と違っても仕方ないだろ。諦めてよ」

「ええ・・・はい。そうですね」

それは違うんじゃないかなと対面に座した息子二人は思ったわけだが、お父さんが何も言わないので黙っている。

此方も、まだ目元とが赤く、鼻をぐしぐしとすすっている。

平素と変わらないのは恭弥と凪だけだ。

情けない身内の男共(恭弥さんもカテゴリーはこっちのはずです)に嘆息して、妻はおしぼりを持ってくるよう指示してから、不作法だが骸のお膳から一皿取り上げ夫の胸に押しつけた。

「ほら、食べなよ。これは君の聞いた通りだろ」

「巻き寿司?これって節分に関係あるんでしょうか?」

「見かけなかったの?」

ちょっとびっくりして眼を大きくした恭弥が、それはないだろうという顔をすれば、案の定骸も頷き返す。

「はあ。パックに入って積み上げられてましたが、別に珍しい物でもないので。まぁ、いつもより沢山置いてるし派手な幟やポスターが貼ってあるなと思いましたが」(いつもという程買い出しに行かされてるのか、骸よ)

「恵方捲きって言うだけで、物は巻きずしと変わらない筈だけど。これをその年の恵方に向かって一本丸々食べると福が訪れるって言われてるんだ。ちなみにその間、喋ったらダメだからね」

恵方がどうこう言うと注釈が長くなるから、説明はしないで期限と食べ方だけ説明する恭弥の手から、皿に乗った巻き寿司一本(恵方捲き)を受け取った骸は、それをしげしげ眺める。

「随分太くて大きいですね。これを食べきるのは大変なんじゃないでしょうか。そうするものなんですか?」

「料理人が張り切るんだよ。鬼やらい事態はやらないから、せめて料理だけでもって。節分の日は普段よりも具の種類も増えるし、量も多いね。本当は具は七つって決まってるのに」

「凪にはきついんじゃ・・・」

「大丈夫だよ。意外と簡単に食べきれるから」

「はあ」

「さ、食べるよ」

「はい、てぇぇぇぇぇぇあうああ!!??」

歯に物が詰まったように釈然としない感じでいる骸を切って捨て、恵方捲きに囓りつこうと口を開いた恭弥は、上がった奇声に眉を寄せて口から太巻きを離した。

「なに、ウルサイよ」

口の中に入れる前で良かったと密かに胸を撫で下ろし注意する奥様に、その肩に手を置いた旦那様こそが囓りつく。

「なに咥えようとしてるんですか!!」

「一本っていったろ。切ったらダメなんだよ。このまま食べなきゃ」

「ひ、卑猥です!!こんなの咥えるんだったら僕のをいたたたた!!!痛いです!!」

「柊だからね」

鋭く尖った固い葉を沢山着けた柊の枝を、お膳から掴み取って恭弥は骸の頬に押し付けた。装飾に乗せるにしては、やけに大ぶりな理由は、次ぎの骸の一言で解明された。

「ちなみに臭いですし!!」

「イワシだから。鬼はこの二つが嫌いなんだよ」

イワシを柊の枝に刺して食膳に出すとは、凝っているというべきか、豪快といべきか(勿論、きちんと大皿の上に枝ごと載せられてはいる。いつもこの枝から1匹ずつ外して食べる)。

それとも料理人よ、貴方は主人一家を鬼だと思っているのか。

追い出したいのか。

突き詰めて考えてはいけない事象に、毎年の事だったのだが本日の奥様はふと疑問に思って、後で問いただす事に決めた。

そんなことを考えている間にも、ひたすらぐりぐりと押し付けられる痛い+臭いのダブル攻撃に骸が悲鳴じみて叫んだ。

「鬼じゃなくても大抵の人は嫌いですよ、きっと!!」

「そうだね、あんまり人気は無いみたいだ。でも、役にはたってるよね。下劣な口を塞げる」

そのまま大きく開いた口に、イワシの御頭でジャストミート、いやいや、ストライクを決めた。

「おまけに苦いです!!美味しくないです!!!」

思いっきり噛んでしまって、広がる独特の苦味に骸は泣いた。

今度こそだばだばと泣いた。

「文句を言うな。君の望んだ節分だろ」

確かにそうだが、なにかが違う。

己が原因(これは失言の所為かと)とはいえ、応えてくれる愛が痛い。

「もっと甘い愛をください!!ショコラみたいな!!」

「黙れって言ってるだろ!」

さりげなく間近に迫ったバレンタインへの欲求を突きつける旦那様である。

押し合い圧し合い、結局畳の上に転がっての大騒動に発展した夫婦の営みに、毎度ながら息子たちは溜息をつく。

大抵、騒動の発端は骸のぽかミスだ。

いい加減に学習して欲しい。

にしても

「キョウヤ、機嫌悪いぴょん」

「跳馬に今日も負けたらしいから、骸さまで発散してるんだろ。いつものことだよ」

「そうらけど」

眼鏡をくいっと押し上げる冷淡な態度の次男にもうちょっと思いやってあげて欲しいなと、隣を見た犬は目撃してしまった。

「って!!この女勝手に食べてるぴょん!!いただきますしてらいのに!!」

「食い意地がはってるのは、犬とにてるな」

「俺はこんな躾け悪くないぴょん!!」

そうこう言いながらも見守る二人の目前、凪は恵方巻きを咥えて離さず只管もごもごと口を動かして短時間で見事完食してのけた。

「美味しい・・・」

ごっくんと口内に残った最後の一口を呑み込んだ妹は、イワシを柊の枝から外して手に取りながら兄二人を代わりばんこに目に映す。

「食べないの?」

「いや、食べるけど」

「お前、協調性ないぴょん」

マイペースな妹に嘆息して、いよいよ佳境にはいった両親の喧喧囂囂とした諍いに諦めて太巻きを手にした息子たちは、座敷隅に控えていた草壁に教えてもらって恵方を向いた。

 

今年こそ、福が来ますように。

 

そう強く強く望みをかけて、がぶりと黒くぴかぴかと光った海苔巻きに真っ白な歯を立てる犬と千種であった。

 

 

 

鬼は外!

福は内!!

 

 

 

 

 

戦うのはよくても、反撃禁止で一方的にやられなければならないのが、

雲雀家では不評(アウト)だったようです。