様は風紀委員長

やらい<前編>

 

 

「恭弥!!」

スパーンと乾いたいい音が立つ。

襖を勢いよく引き開けて登場した仁王立ちの婿殿に、のんびりと書物を開いて寛ぎ中の奥様はまた鬱陶しいのが来たと、台所で飛ぶ蠅を発見した主婦のような渋面を作った。

この旦那様、新婚ほやほやにもかかわらず長期不在をかましていたのだ。

挙げ句に、妻の実家の敷居を始めて跨ごうという大事の日の当日。訪問する数時間前に、不手際(連絡ミスでした!!)から浮気疑惑まで持ち上がってしまった始末であるのだ。

しかし奥様への愛から生じる不屈の根性と懇親の演技(演技じゃないです!!幻覚ですけど、ちゃんと痛覚だって本体に伝達されるんですよ!!)で哀れみを買ってどうにか疑惑を晴らしたその夜、旦那様は奥様の寝床(これからは夫婦の寝室ですよ!くふふふ!!)での共寝を許された。

そして顔を突きつけ合わせて寝具にくるまった中で開催した家族会議の結果、恭弥は一人息子なので、骸が婿にくることに決まったのだ。

別に継ぐような家もないので、骸の方に問題はまったくない。だって名字だって日本の中学校に入学するに辺り、自分で勝手にこれがいいなーと広○苑を開いていて決めたのだ。

未成年だとかはいう件については互いに年齢不詳なので割愛しておくとして(雲雀は元より、前世とか目玉の年齢含めたら骸の場合途方もないから)、そこで男同士じゃ結婚は出来ないとか、戸籍が在るのかとはつっこんではいけないのだ愛息子達よ。

そんなこんなで入り婿となった骸は、奥様の邪険な態度にもめげない。

めげていたら恭弥の婿は務まらない。

むしろ其処もまた可愛いとか思ってる(あのぎゅっと寄せられて眉間の皺とか、ぷっくりした唇を尖らせて(強制終了))。

ので、旦那様は意気揚々、オロナミ○シーの宣伝も顔負け元気はつらつにたった今商店街へのお使い(使用人の仕事だが、静かな時間を求めた妻に追いやられた)に行った際に仕入れて来た話に法って提案した。

「いまちょっとご近所の主婦の方々に聞いてきたんですけど、今日は節分っていう日らしいじゃないですか!!家族皆で豆まきしましょうよ!!」

(ハーフとされる)美少年であるところの骸は、そのカテゴリーに入らない人間なら誰しも顔を引きつらせて避けて通る、ご近所の潤いに餓えたおば様方にちやほやべたべたされながら(まさか雲雀家、恭弥さまの婿殿とは誰も思うまい。分かっていたら、恐怖で避けている)、妹だと認識された凪と共に節分用の大豆と紙のお面を、こっちの方が怖そうだとかこれは可愛いだとか和気藹々と盛り上がり購入した。(恐るべし六道(旧姓)骸&クローム髑髏!!)

このアイドルを囲むような集団に違和感なくとけ込んでいた美少女凪は、骸が最初に娘ですと言って紹介したので物凄く怪訝な顔をされたのだが、帰国子女だと聞いたおば様方によって単語の覚え間違いかと流された。

その近所の大型スーパーに出現した奇妙な集団をげっそりと遠巻きにしていた息子二人は、そんなんだから奥様に侮蔑の眼で見られるんだと首をふる。

かく言う父妹と連れ立ってきていた一般人であるところの犬・千種も、陳列されたお面にこれは何だろうと疑問を抱いた骸が、にこやかに近場のおば様一人に問いかけた瞬間、アイドルユニットの下町ぶらり旅の如くな種類様々見目麗しい4人を窺っていたらしい周囲にいた他のおば様方にわっと一斉に群がられた。

矢継ぎ早にお面の事を説明され、さらに質問を投げつけ・・・いや、肉体ごとぎゅうぎゅうと押しつけて来るその集団に取り囲まれた時、二人は恐怖におののき泣いて逃走した。

ぶっちゃけ怒ったお母さんと並ぶ恐怖だったかもしれないと遠い目をする息子'sは、今は骸の背後でファンシーにデフォルトされた鬼のイラストが描かれたプラスチックの袋から升に移された大豆を持って恭弥の返答を待っている。

家庭内最高権力者の意向如何によってはあの苦難の時間も無駄骨に終わるし、二人に挟まれた真ん中にいる、こういったアットホームな行事に縁の無かった凪のささやかな期待も費える。

「できれば是といってくだ(ら)さい」とお願いしたいのが両手で大豆入り升を抱えて無言で突っ立っている疲労困憊の長男次男の切なる望みだ。

それを感じ取ったのかなんなのか、これぞ本領発揮と言わんばかりに日本画から抜け出たように秀麗な和装姿の奥様はしばし黙し、ゆっくり美しい黒目に被さる目蓋を瞬かせた。

「鬼やらい、やりたいの?」

「鬼やらい?ああ、そうともう言うんですね。はい、是非やりたいです!!妻の祖国の伝統行事に親しむのも、夫の勤めかと!勿論鬼役は僕がやりますから!愛しいあなたと子供達にさせるなんてそんな惨い真似は決してしませんよ!!」

「ふうん・・・そう」

僕って外国人旦那さまの鑑ですよね〜と内心くふふふ悦ってる夫を眺め、手にしていた表紙が鶯色の和綴じ本を置いた奥様はしゃなりと立ち上がった。

「ちょ、ちょちょ!!恭弥!!」

しかしそれを受けた骸はずざざっと後ずさると、ストップとばかりに両手を前方に向けて押し出し、手首のスナップをきかせて開いた掌を横に降る。

「なにトンファー構えてるんですか!!」

「鬼やらい、やるんでしょう?」

袖から取り出した愛用の武器をおもむろに構えた恭弥は、ことりと丸い可愛らしいラインの頭を傾げた。

「我が家の鬼やらいは、鬼役をのして家屋から叩き出すのがしきたりだよ」

「なんですかその甚だ物騒なマイ・ルールは!!しかも肝心な豆が抜けてます!!」

「この方が確実でしょ。それから豆は塩みたくお清めで後から撒くよ。嗚呼。ちなみに、鬼役は問答無用で防御及び反撃禁止だから」

「んな!!」

愕然と立ちつくすしかない旦那様に、奥様は淡々と正統な理由から追い打ちをかける。

「鬼が勝っちゃまずいだろ?だから誰もやりたがらなくて、うちでは廃れた行事だったんだよね。僕が子供の頃は、僕のためにって父が買って出てくれてたんだけど、10を過ぎた頃からやってくれなくなった」

そこでちょっと残念そうに憂いを帯びて肩を竦めた奥様は、しかし改めて爪牙を構えなおした時には黒々とした瞳をキラキラと輝かせ、喜びに唇を吊り上げていた。

「久々にやるね。楽しみだ」

滅多にない程、純粋な普通の笑みだ。

無抵抗の相手を咬み殺すのも、それなりに楽しいと感じる所の恭弥でも、なにかしらの名目の元にやるのは違うのか、それとも懐かしさに童心に還ったのか。

その無邪気にはしゃぐ母に、息子二人は父に向けて合掌し、娘はきょとりとして両親を交互に見る。

夫は自ら提案しただけに逃げるに逃げられないし、まさか入り婿の立場で雲雀家伝来の儀式様式を変えようなどとは口が裂けても言えない。

おまけに、手加減など望めようもない妻である。

打撃を受けながら上手い具合に身体を逃してダメージを軽減しようにも、手応えから察することが出来る恭弥には通用しないだろう。

旦那さまは進退極まり、だらだらと汗を流して硬直するしか他はない。

「いくよ」

足に絡む着物の裾を優雅にさばき、いつもより数段切れが良い動きでトンファーを振り切った奥様によって、旦那様は本日再び華麗に宙を舞った。

 

ぼこぼこにされた後、本当に玄関から草壁の手によって放り出され、俯せで倒れた骸に、犬と千種は何でか溢れてくる涙を堪えきれず泣きながら雲雀に模って豆を捲き、凪は躊躇いながら初めての行事に嬉しそうにぱらぱらとばらまいた。

伏した骸の体に落ちてくる鬼やらいの大豆を、いつのまにか住み着いてペットとなっていた黄色い小鳥が、パイナップルのような髪型をした頭部に乗ってぱくりぱくりと啄んで呑み込んでいくのが、余計に哀愁を誘う。

「うん。久々にやったけど、楽しかったよ」

しかし奥様は満足気に感想を述べ、いつまで倒れてるの、だらしないさっさと起きあがりなよと言うばかりで一向に手を差し伸べてくれる気配はない。そのうち、本当に呆れて屋敷内に戻ってしまうだろう。

そんな雲雀恭弥に地面に頬摺りした体勢のまま、ほとほとと落涙しながらも

 

「恭弥が喜んでくれるなら、満足です・・・」

 

そう言える旧姓、六道 骸にして原姓、雲雀 骸は、偉大かもしれない。

 

「少なくとも、恭さんの婿殿としては、合格かと」

 

その晩、正座した膝に置いた片拳を見据え、目頭を押さえた草壁が雲雀家当主にそう報告したとかしないとか。

 

 

 

まだまだ続くよ!節分の日!!