「お、おかえりなさい…」

久々に帰宅した恭弥を出迎えたのは、奇抜な格好をした見知らぬ少女である。

たっぷり1分は沈黙して、恭弥は至極当然の問いかけをした。

「だれ?君」

しげしげと眺める少女の奇矯なヘアスタイルや、手に握っている三叉の槍先には既視感を覚える。どころの話ではない。

どちらも目下、彼の腹立ちと不快の根源である男のモノに間違いはない。おまけに、少女の後から愚息達が恐る恐るやってきたのだから、決定的だろう。

「あの、骸様が此処にいなさいって」

頬を微かにピンク色に染めて、思慕もあからさまに告げた「美」をつけて遜色無い少女を能面のような顔でじっと見下ろした後、奥様はその後ろで気まずげに立っている久々に見る息子達に、壮絶な笑みを浮かべて見せた。

 

 

様は風紀委員長

浮気疑惑編

 

 

消耗した力も漸く回復し、どうにか体裁が整った幻の実現が可能になった旦那様は意気揚々と玄関扉を開け放った。(本当ならこんなまどろっこしい真似はせず直接抱きつきに行きたいのだが、礼儀にうるさい奥様なので、きちんと玄関から帰宅する)

「今帰りましたよ恭弥!!」

骸が用意した新居(廃墟でした)ではなく恭弥の実家だが、奥様のいる所がすなわち旦那様の帰宅先なのだからなんら可笑しいところはない。私はカモメ、あなたは港と歌にもある。

恭弥すなわち僕の帰る場所〜と鼻歌を歌い出しそうなほど再会に浮かれきっていた骸を出迎えたのは

「お帰りなさい、ダーリン」

にぃっこりと、ハートマーク付きで今まで呼んでくれたこともない極甘の呼称を投げかけてくれた妻であった。が、眼が笑っていない。

家に上がるなこの下郎とばかりにトンファーで軽やかに叩き出され、旦那様はズシャリと門から続く砂利道に落下した。

「きょ、きょうや?」

いきなりの仕打ちに金色夜叉のお宮の如く頬を押さえて目を白黒させる骸の前に、白いソックスが汚れるのも厭わず降りてきた恭弥が凄惨に笑う。

「ちょっと寝ていた隙に旦那を豚箱にぶち込まれたって聞いた僕が傷心旅行(ディーノとの修行の旅)に出ている間に、僕の実家に女を引き込むなんてどういった了見?良い度胸じゃない」

そこで眦をギリギリと吊り上げた般若のごとき奥様の背後に、長男次男が涙ぐみ抱き合って震えている姿が見えた。そうして彼がちょっと前に邂逅した少女、凪が駆け寄ろうかどうしようかといった様子で悩んでいる。子細を承知し、ざっと血の気を引かせた骸は飛び起きて、全身全力のボディランゲージで否定を叫ぶ。

「ごご誤解です!!僕が浮気なんてするわけ無いじゃないですか!!」

「じゃああの女はなんなのさ!」

「娘です!!」

間髪入れずにトンファーで恭弥が薙ぎ指した少女に、骸はやましいことはありません、こればかりはどもってはいけない(だって凪を不安にさせる)と威風堂々と言い切った。

「は?君はいきなりあんな大きな娘をつくれるの?大体、僕は産んだ覚えはないよ?最初の顔合わせの時にはいなかったよね?それは暗に浮気してたって事?前の女と切れてなかったって受け取って良いよね?」

「違います!!詳しく説明するので、落ち着いてください!!」

千切れんばかりに首を振り、決して不貞を働いたわけでないと必死で旦那さまは訴えるが、そんなものを新婚早々独りにされて、安否も分からずに心痛めて(いたかは言及してはいけない)いた矢先、夫の影ある女が現れた新妻が信じられるわけがない。

 

「問答無用」

 

目の前で凪から己の姿に変わって見せるべきだった!!と大いに後悔しきりの骸は、−273.15℃の暴力をさんざんに受けた。

 

 

 

「ふうん。事情は分かったよ」

ここしばらくの鬱憤(例えば負け続けたこととか負け続けのこととか!!)その他(旦那に対する不満あれこれ)を晴らした妻は、下座(座敷が広大な為、果てしなく距離が離れています)に正座させた夫の釈明を聞き終えて相鎚をうった。せっかく会えたのにこんなに遠いなんて!!と骸が哀れっぽく訴えたが、家に上げてもらっただけでもありがたいと思えと恭弥に一蹴されたのは、まあ至極当然の話。

「理解して貰えて良かったです」

青く腫れ上がった面貌も痛々しく、ほころび片袖がもげかかった制服(砂が落ちるから本当だったら畳の間に上げたくなかったのだが、さすがに廊下はと息子二人に泣いて止められたから不承不承許可してやったのだ)。しかしそれもこれも全部演出に過ぎないと思うと、腹立たしいばかりで哀れみひとつ沸いてこない。だって幻だし。

「受け入れるのとは別だけどね」

「恭弥!こんな幼気で可愛い子のどこがいけないって言うんですか!?」

隣にちょこんと座っていた娘(否認下)の肩を掴んで奥様につきだし、必死でかわいさをアピールする旦那様である。

境遇に対する親近感やら、身内に等しい感情を凪に抱いた骸は、是非ともこの少女を幸せにしてあげたい。そう!先頃骸が手に入れた幸せな家庭を与えてあげたいのだ!

「それに僕この子の協力が無いと具現化してられないんですよ!大体前々からむさ苦しい華がないって言ってたじゃないですか(風紀委員の方がよっぽどだが、其処につっこんではいけない)!恭弥の好きな小動物系ですよ!!バンビです!!」

バンビとはちょっと違うよ、つぶらな眼でこちらを見るこの子は栗鼠とかハムスター系の愛らしさだと思う。ちょっとこのぼんやりというかのんびり加減がそんな気が…とか考えてる時点で妻も大分絆されかかっている。

「お願いです、恭弥!この子を娘として愛してあげてください!!」

穿った目なしで凪を見ると、小動物系が好きな恭弥にはちょっと気になる感じの子だ。色があるのに、どことなく無垢な印象が拭えないのもまた放っておけない。

「お母さんって、呼んじゃ駄目…ですか?」

じっと一途な瞳で見上げられたじろぐ家庭内最高権力者へ、土下座して必死の泣き落としで猛追をしかけて来る夫に、不安げにこちらを伺う息子達。

 

(娘がいれば、あいつの鬱陶しいのも半減するかもしれない、よね)

 

なんだかんだで家族に愛情を持っている奥様はそんな思惑もあり、結局新しい娘を受け入れることにした。

その後旦那様のうざさが倍増するなんて、まさか奥様には想定外も良いところ。

 

本日、10月23日。

雲雀家に家族が一人増えました。

 

 

「今日から雲雀 凪だぴょん」

「…微妙」

「そう、かな?」

「まぁ、あれよりはマシだよ」

ちらりと視線の集中砲火を浴びても、開き直った旦那様は怯むことなくニッコニコと胡散臭い朗らかさで笑い飛ばします。

 

「愛があれば、すべて越えられるんですよ」

 

 

劇終