様は風紀委員長

初夜

 

 

ぞくりと走った悪寒に、雲雀は身震いした。

空調が無いせいかと思い、やっぱり冷暖房が入れさせなきゃと心に決めて部屋に足を踏み入れて、雲雀は固まった。

くらくらと意識が遠のいていきそうだ。

「恭弥?」

雲雀の肩を抱いた骸が、訝しげに顔を覗き込んでくる。

「あれ、なに」

「なにって、桜ですが」

「それは分ってるよ…」

キレイに掃除された部屋(当然、あの家政婦がやったんだろう)に、馬鹿でかいベットがど真ん中に我が物顔で居座っている。それは、まぁいいだろう。寝室なんてそんなものだ。

問題は、なんでだだっ広いシーツの上に、桜の花が敷き詰められているか、だ。

クイーンサイズであろうそのベットを埋めるのに、一体どれほどの量を必要としたのだろう。雲雀が立っていられない程度には、使用されていることは確実だ。

唐突に、ふらふらとおぼつかない雲雀の身体を支えていた骸の手が、もうひとつ、膝の裏にもまわされた。

「ちょっ!」

抗議する間もなく、ヒョイッと抱き上げられて雲雀は羞恥に真っ赤になった。

横抱きのこの体勢は、所謂あれだ。

お姫様抱っことか、花嫁抱っことか言われる…あの恥ずかしいやつだ。

「おろしてよ!!」

自分の姿を想像して、意識が遠のきそうになる。雲雀は骸の胸に手を当てて、必死になって突っぱねた。

「お姫様抱っこでベットまで。は、新婚カップルの常識でしょう?」

にこにこにっこりと、笑う男は、頭に花を咲かせてるんじゃなかろうかと思う。今時、だれがそんなことをするというのだ!!雲雀は呆れを通り越して永久凍土の如くの眼差しを間近にある男の顔に送った。

冷ややかな瞳で睥睨されて骸はおろおろと視線を彷徨わせた。

「やっぱり、深紅の薔薇がよかったですか?でも、恭弥には桜のほうが似合うと思いまして…いえ、決して薔薇が似合わないなんていいません!!ええ!!むしろこの上なく似合います!!でも、やっぱり恭弥は桜の花の精のようで…」

骸はずらずらと美辞麗句を並び立てて必死になって桜の花にした言い訳をする。

少しでもこの男に常識を期待した自分がバカだったと、雲雀は自分を呪った。

改めて、この男のぶっ飛び加減に閉口する。

問題は花の種類じゃなくて、ベットに敷き詰めるという行為だと気づけ。恥ずかしさで憤死する。

「変態」

情熱的に掻き口説く旦那様を冷淡に切って捨てて、雲雀は渾身の力を込めて骸の腕のなから脱出すると、調度この部屋の前を通りかかった千種をつかまえた。

「僕、今日はこの子と寝るから」

千種を引き寄せて、しっかりとその腕を抱え込んで縋るように立つ雲雀に、骸は血相を変える。

「僕以外の男と寝るなんてそんなふしだらな!!」

「なに、それ」

ぴしりと雲雀の額に血管が浮き上がった。

言うに事欠いて、ふしだらとはなんだ。

存在自体が犯罪ちっくなお前にだけは言われたく無いと、雲雀の眼は絶対零度にまで凍てついた。

「え…いえ…その」

美人の奥様の怒れる姿は、それはもう恐ろしくも麗しい。

「息子と寝るののどこが悪いのさ。親子のスキンシップは大事だよ」

 

君だって僕と寝たいよね?

 

にっこりと、まさしく極上の笑顔を千種に向ける。骸は、そんな顔してもらったことは無いと泣き出さんばかりだ。

千種はといえば、美人のママを至近距離からどアップで始めて直視し、その攻撃に逆らえるはずも無く、顔を赤くしてこっくりと頷いた。

「じゃあ、そういうことだから。君は”一人”でそこで寝てたら?」

「恭弥!!」

猫のように満足げに瞳を細めて、奥様は追い縋る旦那様を置き去りして、愛息子と去っていきました。

 

しくしくと泣き濡れる骸の頭をよしよしと撫でて、犬は溜息をつく。

「だ〜かぁら〜。言ったじゃらいれすか。やめたほうがいいって」

呆れたような長男に、パパはがばっと顔を上げて切々と訴える。

「だって、初夜ですよ!!初夜!!新婚初夜!!嬉はずかしの初めてのベット・イン!!ロマンチックに演出したいじゃないですか!!」

そういって、わっと泣き崩れる大概乙女ちっくなパパ(骸)を、長男(犬)は可愛いとは思う。

でも、ママ(雲雀)はたぶん超絶リアリストだ。

 

これからを思って、犬はそっとためいきをついた。