夜響く

 

 

 

なにも存在しない空間に、人肌の色がぽつりと浮かぶ。

真っ白な白色人種の青ざめた膚色が、瞬く間に増殖していった。

すぐにそれが人の手の形をしている事がわかる。

右手の先から黒衣に包まれた腕をへて、速やかに青年の姿が形成されていく。

しゅるしゅると絹紐を抜くようなあえかな音がきこえてきそうだった。

その部屋に出現した青年は、寝台に眠る相手の唇に右手を伸ばしたまま立ち尽くしていた。

ほんの僅かに動くだけで、緩く曲げた指先を伸ばすだけで触れられる距離。

無遠慮にこんなにも間近に、雲雀の眠る寝室に現われた癖に、骸は今以上に距離を詰めることはしない。

じっと、永遠にも一瞬にも等しい時雲雀を見下ろし、骸は横たわる鎮守の森のような静謐を壊すことなく動いた。

かすかに寝息を零す口唇に添わせていた手を雲雀の顔の脇について、しなやかに上体を屈ませる。

寝台はきしりとも鳴らぬ。

眠る人を間近で覗き込む骸の肩から、襟足で結ばれている長い後ろ髪が滑り落ちてその胸元に蟠る。

黒髪は黒い夜着に溶け込むようであるが、その合わせから覗くくっきりと鎖骨が浮いた白い肌とは対比する。でありながらしっくりと馴染む異質さ。

けれどそれを目にすることもなく、ただ水底に様々な思いを沈ませた故にこそ凪いだ双眸で雲雀の顔を静かに見つめ続ける。

やがておもむろに垂らしていた左手を動かし、そっと額に掛かる短くなっている前髪を梳き、骸は顔を寄せて行った。しかし彼はぐっと動きを止める。

一瞬にして、優美な青年はかき消えた。

余韻も残さず青年が立ち去ると、眠っていた人の眼がぱちりと開いた。

己の虹彩と同じ漆黒の闇を見据え、雲雀は失せた青年の憂愁と憎悪を色彩としたような異色を脳裏に描き、ぽつりと虚空に声を放つ。

「意気地のない」

侮蔑なのか哀れみなのか。それとも愛しみなのか。

平坦な口ぶりからはどのような感情も読み取れず、また易々と吐露するような性格でもない彼である。もとより件の男に聞かせる優しさなど持ち合わせてはいない。

幻の訪れなど、夢のようなもの。なにも知らぬげに、雲雀もまた名残なく瞼を閉ざし眠りの淵へと戻っていった。

 

夜明けは、まだ遠い。

 

気にかけた男がどんな結論を出そうとも雲雀には関係のない事だ。

愛そうが、憎もうが。逃げようが。

ただ己が抱いた心持のままに行動するだけなのだから。

 

 

 

2008/10/11