骸の見た夢の話
後ろから抱き込んでいた硬く骨張ってけれど甘い香がする身体がもぞりと身動きしたのに、青年は少女の首筋に顔を埋めたままに、とろりと零れる琥珀色をした蜂蜜のような囁きを紡いだ。 「…どうしました?」 素肌に密着した青年の冷えた唇の動き。その擽ったさにさらに身体を離しながら、くぐもった問いかけには答えず、猫のように骨格の動きをまるで無視した動きでしなやかに体勢を入れ替えた少女は正面から青年に抱きついた。 「雲雀くん?」 するりと首裏にまわされた細腕。女性らしい丸みを欠いた身体が収められていた両足の間から抜けだし、今は逆に囲っていたその足を押さえ込んでいる。 腿の上に自分に負けず劣らずだろう薄い肉の感触。 膝に乗り、伸び上がって正面から相対する雲雀の仄かな胸部の膨らみが面に触れるのにどう対応すべきか骸は逡巡する。 筋肉がついているからこそ肋の浮いていない彼女の肉の薄い身体の中で微かに、だがあきらかに隆起しているその存在にどう接するべきがいつも骸は戸惑うのだ。 「触らないの?」 まるっきり。奢ってあげると、その辺の自動販売機で買ったジュースを差し出したのに相手が受け取らないのを不思議がる中学生のような響きだった。 骸は雲雀の内臓が入ってるいるのかもあやしい希薄な腰部を抱き込んで、ぐらりと頭が傾ぐような衝撃を堪えた。その時、意図せずして彼女の胸に顔を埋めてしまったのは取り返しの着かない過ちだろう。 明言しておくなら、顔の先端、鼻頭や額やらの皮膚に触れるのは滑らかな素肌の感触ではなく、人肌に温もった薄い綿シャツだ。 その下がキャミソールは疎かブラジャーさえ身につけていない、ほぼ裸と変わらないような状態であろうとも、重要な違いである。 薄手のシャツ一枚羽織ってズボンのボタンすら留めずに、ぶかぶかのTシャツを被ったきりの少女を膝の上に抱き上げている姿を見られれば反論もしようがないが、雲雀と骸は初見の強姦事件をノーカウントとするならば、はっきりきっぱり清廉潔白な関係だ。 それはもうあの時以来劣情を覚えたことはないのかと詰め寄られれば言葉を濁し目を彷徨わせるしかないが、今は胸を張って誤解ですと言える関係しか構築していない。 誰に対しての言い訳なのか。強いて言うならば自分に対して懸命に言い訳をし続ける骸にも気付かず、雲雀は満足気に頷く。 「うん。それでいいんだよ」 彼女がなにを思ってこんな行動を取ったのかまるっきり意図の読み取れない骸に、雲雀は覚えの悪いペットに諭すが如く語り出す。それはまるで彼女が可愛がる黄色の小鳥に対するように。 「君、こないだ母親の胸に抱かれてる子供を見て、いいですねぇって羨ましそうに言ってたろ。それでさ。普段後ろからだから、たまには前からのがいいかと思ったんだよ」 けろりと答える雲雀に他意は無く、心底そのように思って行動しているだけだろう。 あの一件以後、雲雀に会う度になんだかんだと接触を試みる骸だが、それはまるっきり性的な匂いを含んだものではなかった。獣臭い熱を孕まない、たどたどしい触れ合いに害は無いと判断した雲雀が許容するようになったのはいつ頃からか。 本当に何を勘違いしたのか、最近ではまるっきりペットのような扱いになってきている。 裸に近い格好で無防備な触れ合いを許される度、男として認識されていないとひしひしと思い知る日々である。 彼女の中で、最初の強姦はボス同士の優劣を見せしめる行為として処理されてしまっているのだ。雲雀の言動の端々からそれを読み取る度に違うんですと反論を試みたいが、骸にそれは出来ない。 骸が、雲雀とそう言う関係になりたくないのかと言われればそれは違う。 ただ、怖ろしいのだ。 彼女の変容を怖れているわけではない。 否、怖れてはいるかも知れない。だが人は誰しも多かれ少なかれ変容するもので、そうであっても彼女の芯は変わらないだろうことが確信できる。 だから、それが怖いのではない。 なぜなら初めてあった時の彼女と今の彼女では違っているし、これからも変わっていくだろう。 怖ろしいのは。 怖ろしいのは彼女に触れて彼女と溶け合って彼女に混じって果ては彼女が産み出すものだ。 どろどろと真っ黒い醜悪な化け物。 それが彼女から産み出される事をこそ厭う。 だから、触れたくないのだと。 そう優しく己を抱く少女に言えれば、この恐怖は無くなるだろうかと骸はいつも鬱々と煩悶している。
「っていうね、夢を見たんです」 ぐちぐちと濡れた水音を立てている、はしたなく綻んで雄を受け入れた雲雀の後腔の縁を撫ぞり骸は楽しげに喉奥を震わせる。 ぎろり、と屈辱と反発で焼けつくような強い強い眼差しが身に突き刺さるのを心地よく感じながら、深く深く硬い身体を穿つ。 夢のように胸部にさえ膨らみ一つ無い、真実己と同じ男の性をもった身体を犯す。 「バカ…らしいっ!」 こんな状況で語る話がそれかと、苦痛と堪えきれない快楽に顔を引き歪め、それでも嘲笑を浮かべようとする努力の痕を雲雀が唇の端に刻む。それに愛おしそうに小さなキスを送り、骸は闊達に笑った。 「ええ。まったくその通り」 鳩尾から下腹部までキレイに入った縦のライン。一件すれば頼りない程の痩身に着いた、触れれば分かる弾力に富んだ筋肉を包む皮膚に溜まる白濁。 最早どちらの物か判別が着かない、死んで逝くばかりの遺伝子の残骸を結合部から這い上らせた指先でぬちゃりと捏ねるようして広げていく。 「でもねぇ、雲雀くん」 そのなんとも言えない感触が不快なのか、快感なのか。 悪寒じみた震えを走らせ身体を硬くし、自分の中に張り込んだ男をぎゅうっと喰い締める雲雀に、汗の伝う額に微かに皺をよせた骸は殊更優しく睦言を紡ぐ。 「もし夢みたいに君が女性だったら、僕は本当に君に触れることが出来なかったと思うんですよ」 上体を倒し、唇を落として首筋を舐る異端の眼を持った青年は、雲雀の耳元まで辿り着いた処で、幼友達に秘密を別つ少年特有の胸の弾み。その響きをもって、骸は言葉を紡いだ。 「だって、僕の子供なんて化け物に決まってるんですから。生まれてきたって酷なだけですよ」 昂揚と、怖れと、罪悪と。 したわしげに己に懐く青年がまた一つ寄越す感情の欠片に、雲雀は今日もまた、ただただ煩わしさを募らせた。
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