飛来する凶器を弾いて、骸は哀しくなった。

たぶんきっと、こうなるだろうと分っていたが、事実そうなれば、どうしようもなく悄然とするのだ。

本当に、心と言うものは侭ならない。

 

二律背反

 

その姿を捉えて、骸の中に苛立ちが湧き上がった。

千種は何をしているのだろう。留め置くべきモノをなぜ通すのか。顰めた眉に、茶色い髪の少年が不適に笑った。

不愉快だ。明るいその色は骸の趣味には沿わなくて、いらいらと水面が細波立つように感情の表層を暴き立てられる。今すぐに完膚なきまでに叩き壊して目の前から消してしまいたい。目障りなのだ。その色は。

骸が欲しいのはその隣にある漆黒だ。

ガラスの杯にそそがれた血色の液体がひたひたと嵩を増していくように、骸の狂気を狩り立てる美しい獲物。もう溢れ出したその赤はゆっくりと地面を這い、彼を呑み込もうと蠢きだしているのに。

(ああ、おかしいな。大切にしていたのに)

役に立たない駒に苛立ちを覚える。どうして引き止めておかなかったのか。あれは此処では必要ないのに。今ここで、失くしてしまうには惜しい玩具だったのに。

ふらふらと揺らめく筋張った体躯に乗せられたキレイな顔に埋まった、熱っぽく潤んだ瞳の衰えぬ眼光に直面して、歓喜と哀惜とが沸き立つ。

(ああ、来てしまったんですね)

暗澹たる思いにかられる。来て欲しくなかった。だから閉じ込めた。

でも、来ると思っていた。

(君がこなければいいと思っていました)

 

でも、同時に来て欲しかった。

 

だから彼の一部たる武器を取り上げずに、彼の傍らに放置した。

背反する二つの心。

そのどちらも真実で。

だから賭けたのだ。

そして勝って負けた。

あの骨の浮いた白く透きとおった細首をこの手で締めてやりたかった心は嬉々として熱をもったように痺れている。その傷だらけの手負いの獣のように爛々と輝く眼球を舐めてその傷口を抉って癒してあげたかった心は冷えて氷のように凝固してしまっている。

ああ、哀しい悲しいかなしい愛しい哀しい悲しいかなしい愛しい哀しい嬉しい悲しいかなしい愛しい。

契約をしておけばよかった。そうすればこんな事にはならなかったのに。

今ここで失わずにすんだのに。

傷付けて傷付けて傷付けて優しく優しく君の身体に隙間がない位僕を刻み込んで愛してあげたかった。

一瞬?

そう、これは一瞬

君との逢瀬は一瞬で、直ぐに別離がやってくる。

ああ、この時が永遠に続けばよかったのに。

君とずっとずっと、こうして牙を合わせていたかった。

互いの甘い甘い肉を食いちぎり、ぼろぼろになって、いつまでもいつまでも、魂をぶつけあっていたかった。

けれど遊びの時間では無いんです。

だから一瞬で終わらせなければならない。

長く長くずっとずっと君で遊んでいたかった。

だからとてもかなしい。

だから来て欲しくなかった。

きみとは、それこそ永遠に遊んでいたかったんです。

だから、僕の下で死んでください。

もう一度跪いて、もう一度、僕の手の中に墜ちて来て。

そうしたらまた愛してあげるから。

僕の可愛い小鳥。

 

「おや?」

 

骨が折れ、その尖った切っ先が肺を食い破った。

咽喉を逆流していく生暖かな体液。

痛みは感じない。

そんな物は遥か昔に何処かへ置き忘れてきてしまった。

だから今感じるのは熱さだけ。

君のその燃えるような美しい怒り。

ああ…困った人だ

そんなに悔しかった?

そんなに許せなかった?

でも、それは僕も同じです

君のその目が許せない

どうして、僕を愛してくれないんですか?

ねぇ、拒絶しないでくださいよ。

 

 

私は本当に君を愛している。

(でも君の瞳からその激情が消えてしまったら、僕のこの想いもきっと消えてしまうのでしょう)

 

 

なんてもどかしいジレンマ