間の抜けたテンポで流れるのは雲雀の通う学び舎の校歌。

 

浸透圧

 

首筋に触れる吐息が煩わしかった。

笑いながら顔を埋める男の熱い呼吸。こんな男でも生きているのかと思うと反吐が出る。

体温なんてなければいいのに。

ああ

気持ちがわるい気持ちがわるい気持ちがわるい気持ちがわるい

競りあがるムカツキは生理的な嫌悪だ。

人の生温い温度なんて大嫌いだ。

いっそそのキレイな顔と同じように人形みたいに無機質に冷えた身体をしていたならまだマシだったのに。

そうしたら、こんなにも反応を返すこともなかったのに。

男の身体と触れ合うたびに、びくりびくりと震える自身が呪わしい。

ああ、でも。

泡立つ肌を、まさぐる手。

その手だけは、好きかも知れない。

他のどこよりも冷たい部分。

男の身体の全部がそうだったらいいのにと、雲雀はまた線の無いことを考えた。

「切れてしまいましたね」

ぶつりと途絶えた音楽に、雲雀の肌を舐めて弄って食んで千切った男が顔を上げて少し離れた場所に転がされている携帯を見た。

とろとろと緩慢に流れ出す血のぬめりを感じながら、雲雀は鳴り止んだ携帯を男の頭越しに捉えた。

着信を告げて携帯が歌いだした曲を、男は余程お気に召したようだ。

ひとしきり笑って笑って、愉快だと男は機嫌よさ気に雲雀の肌に歯を立てた。

「どなたからだったんでしょう。気になりません?」

ずるずると雲雀のズボンからシャツの裾を引っ張り出してたくし上げる男の指先が腹を胸を掠めていく。

それは心地良いと言えるものでは無いけれど、やはり不快ではない。

でも、とうに外されていた第一と第二ボタンに留められていた布の合間の鎖骨に寄せられた唇から零れた声はやはり熱を帯びて不快。

それらばかりが気になって、誰から電話が掛かって来ていたかなんてちっとも気になどならない。

「気持ちわるい」

思わず声に出せば、また男が忍びやかに笑った。

「酷いですね。そんなに酷いご面相ですか?」

顔を上げて髪をかき上げる男の顔は端整極まりない。

例えその両目が異形だろうと、それを補って余りあるほどに。

その奇異さゆえに彼の美貌はより際立つ。

その顔は嫌いじゃない。

むかつくけど。

「顔は好きだよ」

おや、と男は以外だと声を上げた。

貶められるような容貌では無いと自負していたが、まさか好意を表す言葉がその口から出てくるとは思いもよらなかったのだろう。

「君の温度が気持ち悪い」

その僅かに上げられたキレイな流線を描く眉を見て、やはり造作は嫌いでは無いと思う。

整いすぎて人形じみた美貌は人の生の匂いに乏しい。

「温度、ですか?」

不可解そうに首を傾けながら、男の身体をまさぐる不埒な手は動きを止めず、薄い胸板を這い、へこんだ腹部を通りすぎ、下肢にまで及ぼうとしている。

肌と着衣の間に潜り込んで来る冷えた指の感触を感じて、背に回されて括られた腕がぎしりと結ぶネクタイを軋ませた。

朝、登校する前に自身で首に締めたその布切れは一番最初に引き抜かれ、今では雲雀を拘束する縛めに変わってしまった。

「っなんで、そんなに体温高いの。もっと低くしてよ」

ぶるりと一瞬だけ身体を竦ませた雲雀に、そういうことかと男が納得したように顔を寄せてくる。

「無茶を言わないで下さい。僕はこれでもかなり低い方ですよ」

もう何度目かになるのかも分らない軽い口付けを受けて、男の薄い口唇の輪郭の記憶をまた確かにする。そのうち己の血肉を啜った男の唇の形を空で描けるようになるだろう。

「君そんなこと言っていて、僕意外とどうやって寝るんですか?」

まぁ、触らせるつもりは有りませんけどと、聞かせるつもりも無く呟かれただろう言葉の意味は考えない。

僅かに頭を擡げた自身に指を絡められて、それ所でも無くなった。

「っうぁ」

なれない感覚に背筋がそそけ立つ。

冷たかった筈の指が、手が、まるで雲雀の温度と同化するようにじわじわと熱を上げている。

いやな想像だ。

遠からずこの男の熱量を迎え入れなければ成らない現実が待ち構えているのに、そんな錯覚まで覚えてしまうなんて。

巧みな手淫を施しながら、男はまた雲雀の咽喉に口をつけて先ほどの噛み痕から滲む血を舐め取っていく。

吸血鬼みたいだ。

なら自分は男に力を与える餌食だろうか。

ああ、いやな感じだ。

男の指がさらに奥の方へ進んだとき、また携帯が歌いだした。

さっきも今回も、草壁だろう。

雲雀の携帯番号を知っている相手は少ない。

けれどどうせ、すぐに鳴り止む。

救いは来ない。

救いはいらない。

何故なら僕は生贄ではなく、狩る者だから。

噛んでも噛んでも溢れそうになる嬌声を押し込めながら、雲雀は手首を縛めているネクタイの垂れ下がる余りを握りこんだ。