「恭弥、手を出してください」

「手?」

「はい。手、です」

にっこりと笑う骸に、またどんな酔狂をと、雲雀は嘆息した。

 

爪を切る

 

ぱちん

ぱちんと、爪を切る音が響く。

雲雀の隣に向かい合うようにして座って、骸は取った雲雀の手を真剣な眼差しで見下ろして爪切りを動かしていく。

無造作に切るのではなく、わざわざ切る場所を決めるように何度もあてた歯を爪の上で動かして、綺麗な形になるように吟味する。

どことなく、楽しそうですらある。

いいように玩具にされている感が拭え無いのは、その所為だ。

「ねぇ」

骸に手を奪われたまま、しばらく付き合っていた雲雀だが、いい加減飽きてきた。

かれこれ10分は立とうというのに、終わったのは右手の親指と、さっきようやく人差指が終わっただけだ。

なにをそんなに拘るのかは知らないが、形を整える為に骸は爪切りについた鑢ではなく、専用の鑢まで準備していた。ちなみに、爪磨きも。

中指を切り終えて、爪切りを置いた骸は、その造型を確かめるように雲雀の手を持ち上げて眺め眇めつしている。

「はい?」

満足の行く出来だったのか、ようやく骸が顔を上げた。

あいも変わらず、雲雀の指先を握ったまま。

「楽しい?」

「楽しいですよ」

「…そう」

呆れた顔で言っても、真顔の笑顔で頷かれて、指先に口付けられてしまった。

ちゅっと軽い音がして、いたたまれなくなった雲雀は、視線をぷいと外した。

別に、作業をずっと見ている必要も無いのだ。

テレビでもつけてしまえばいい。

けれど、雲雀と骸の僅かな息遣いと、爪を切る音がしかしないこの静かな空間を壊すのもなんだか嫌で、雲雀は窓の外の景色を眺めるしかすることが無い。

敢えて意識をずらそうとするのに、骸は絶え間なく雲雀の指先を弄び、鑢をかけるのに、たまった粉をふっと息をかけて吹き飛ばす、

雲雀は思わず過剰に反応して、びくりと身体を竦めてしまった。

「ああ、動かないで下さい。形が歪んでしまうでしょう」

咎めるように、骸がきつく指先を掴む。

大して痛くは無いが、神経質と言うより、心の狭い言動だと思う。

「ちょっとくらい動いたって、大して変わるわけ無いでしょ」

思わず言ってしまったが、骸は断固として否定した。

「変わります」

「僕に動かずにいろって言うの?」

「そうです」

なんだか、だんだん腹が立ってきた。

だいたい、さっきから爪にばかりかかずらって、ちっともこっちを見やしない。

「なんだってこんなことしようなんて思ったのさ」

いらいらと、囚われた指先を奪い返すと、骸が仕方ないとでも言うように肩をすくめた。竦めたいのは、こっちだというのに。

手に持っていた鑢を置いて、骸がようやく雲雀と正面から向き合った。

「恭弥、最近爪を切ってないでしょう」

もう一度手を取られたが、今度はきちんと顔を見ていたので、反抗せずにいてやる。

「それがなに?」

骸の言うとおり、最近は切るのを忘れていたかもしれない。指摘されれば、確かに普段より爪が伸びている。

いつもは、指の腹ぎりぎりで切りそろえているのに、残された指の爪は4ミリ程度、はみだしてしまっていた。

「昨夜はそうでもなかったんですけどね。今日になったら、服にすれて痛かったものですから」

苦笑して骸は雲雀の指と指の間に自身の指を挟みこんで、しっかりと手を繋ぐ。

自分と大して変わらない大きさの、それでも若干大きな手は、乾いて冷たい。

「痛い?」

なにを言っているのか分からなくて、雲雀は首をかしげた。

それには、怪我など、この男がするのかと些かの驚きも込もっている。

「ええ。肩が」

いまだ理解が追いつかないらしい雲雀に、骸は繋ぎあった手を口元まで寄せると、雲雀の手の甲に軽く触れて、常時を思わせるように舌を閃かせてから、にっこりと笑った。

「肩…」

それに、なにを言われているか分かって、雲雀の頬は赤く染まった。

確かに、昨夜は散々骸の肩に縋り付いていた気がする。

でも、それだって、シーツを握る雲雀の手を、骸が自分で肩にやらせたのだ。

「やっぱり、僕も痛いのは嫌いなので。それとも、痕、つけたいですか?」

恭弥がそうしたいなら、我慢しますが、といけしゃあしゃと男は言ってのけた。

 

「知らない!!」

 

男の手を振り払って、雲雀は盛大にそっぽを向いてやった。

 

 

 

 

 

 

甘……!!自分で書いてて、砂糖はきそうです。

だれこの人達…

そして、爪を切る、第一弾です…ええ…これ、実は別バージョンがあります…ヴァイオレンなムクヒバと、兄弟ものと「サニー・レイニー」と「人攫い」で…ネタと台詞はもう考えてあります…フフフ…どれもこれも見事に砂糖菓子ですよ…orz