この胸に宿る深い深い妄念は、

なんと胸焦がし、心地良い事でしょうか。

 

観覧席での

睦言

 

立ち上がった嘗ての先達であり、現在の部下である男を見下ろして、骸は首をめぐらせて奥を振り返った。

「面白い事になってきましたから、こちらに来て一緒に見ませんか?」

硝子の破片にまみれた床の上に、壁にもたれて座っていた雲雀は、骸の厭らしさに反吐が出そうになる。

桜から離れたとはいえ、歩ける状態でも、立ち上がれる状態でもないことを、一番良くわかっているくせに。

「クフフフフ。そんなにそこが気に入ったんですか?」

光に照らされて、笑う男の目は、片方は赤。

もう片方は、光に透けて青に変わっている。

純粋な日本人ではないのだろう。

その容貌も、意識してみれば西洋の血が混じっているのがわかる、彫りの深い繊細なものだった。

その済ました顔の男にバカにされるのが我慢なら無くて、悲鳴を上げ続けている躰を無理やり動かそうとした雲雀の手首で、じゃらじゃらと鎖がぶつかり合って音を立てた。

彼方此方の骨を砕かれて、逃亡も侭なら無い雲雀に、骸はさらにその細い手首に銀色の枷をつけたのだ。

普段だったらなんとも思わないだろう、その鉄の塊の重さが、つらい。

重く圧し掛かって、それだけで引き摺られるように倒れ込んでしまいそうだ。

それでも、雲雀は立ち上がる。

こんな男に見下されるのなんて、真っ平だ。

桜がないのだから、平衡感覚はしっかりとしている。痛みさえ我慢すれば、充分に歩けるずだった。

壁伝いに立ち上がった雲雀を、骸は赤ん坊が歩いて自分のところへ来るのを待つ親のように見守っている。

(バカにして)

殴ってやる。

絶対絶対殴ってやる。

呪詛のように何度も呟いて、雲雀は奇跡的に折られてはいないほうの足を踏み出した。(その足だって、折れてはいないだけで、随分ひどい有様なのだけれど)

一歩。

うまくいった。

もう一歩。

固い地面を踏んだ途端、雲雀の足は、主の意思に反して、それ以上は自重を支えきれずに崩れ落ちた。

「っっっっ!!!」

派手な音を立てて転がった雲雀の肌を、散乱していたガラスが傷つけて行く。

がしゃがしゃと雲雀の手首の手錠も、揃って賑やかな音を立てた。

クッ、と、骸の咽喉が鳴った。

「フフフフフフ!残念でしたね、ヒバリ君。でも、その身体で、よく頑張りましたよ?」

無様に倒れたヒバリに、感嘆したように賛辞を送って、骸は乾いた視線を送っている千種を振り返った。

「千種、雲雀君を連れてきてあげてください」

ぴくりと、千種が小さく反応した。

「一緒にこのショーを観戦したいですからね」

「骸様…」

「いやですか?それなら、僕が自分で連れてきますよ」

「いえ…オレが連れてきます」

動こうとしない千種に、諦めた骸が自分で雲雀を迎えに立ち上がろうとするのを遮って、千種は雲雀の元へ向かった。

雲雀は近付いてきた男を見上げて、一瞬だけ小さく震えた。

見下ろす瞳に、陰惨な憎しみの炎が踊っていた。

「千種」

無言で雲雀を凝視する千種に、焦れた骸の声が飛ぶ。

それに、ようやく雲雀を無造作に担ぎ上げて、彼は骸の座る横に乱暴にその身体を投げ落とした。

「うぁっ!!」

壊れたスプリングでは、雲雀の躰を柔軟に受け止める事など不可能で、嫌な音を立ててソファーが大きく軋んだ。

声を引きつらせて、ぐったりと弛緩した雲雀を抱き起こして胸に引き寄せ、骸は千種を嗜めた。

「千種、あまり乱暴にしないであげてください。雲雀君は僕たちと違ってあまり丈夫じゃないんですから」

「すみません…」

「ああ、すみませんね、雲雀君。千種は少々人嫌いの気がありますから。痛かったですか?」

言っておきながら、男は謝る千種には欠片ほどの注意も向けない。

ぜっぜっと荒く息をする雲雀の髪を宥めるように撫でて、骸は再び眼下を見下ろす。

「さぁ、ここでゆっくりと観戦しましょう。ボンゴレの9代目が選んだ後継者の末路を―――」

力なく自身の胸に凭れる雲雀の、唇を伝う血をなめとって、男もまた、底知れぬ憎しみを塗り込めた瞳で笑った。

 

 

 

あはははははは

確実にどこにも雲雀さんはいなかったけど、いいんです。

だって私はムクヒバ人間。

フィルターかかった目で雲雀さんを登場させるのです…。