[59] この部屋は白過ぎる

2007/11/24 (Sat.) 19:21:24

 

真っ赤に塗り潰された壁

真っ赤に染められた天井

真っ赤に浸された床

 

赤、赤、赤、赤、あか

 

血の色

 

どこもかしかも飛び散った生命の飛沫で鮮烈な化粧が施されている。

 

漆喰も木目も絨毯も赤。

 

その中で窓辺から降りそそぐ日光にキラリきらりと光を弾く金色をほんの僅か残した、血溜りにとぐろを巻く長い髪。

肌に余す所なく被さる返り血に汚れた美しい面貌をゆらりと上げてこちらを見る赤の中で唯一の異色はぎらつく刃の銀色。

熱に浮かされたその眼差しを見詰め返し、手入れせずとも指触りのいい頭髪から滴り落ちる粘度の高い腐液にアルベルトは顔をしかめた。

水音を立てて近寄り、その腕をとって脱力した体を引き上げる彼はブーツの底に粘ついた液体にますます嫌悪感を募らせる。

がしりと理想的な、完璧すぎるラインを描く顎を捕らえ口付けて、深く口腔を犯し離れると、血に染まった異形を静かに見詰めた。

「帰るぞ」

手を繋いで外へと向かいながら、眩暈を引き起こすほどに血に侵食された部屋をこの屋敷ごと炎に捲いてしまおうと男は心に決めた。

ユーバーの肌と同じ色になった一室はアルベルトに忌々しさを呼び起こす。

この部屋を誰かに侵されたら、それは軍師の異形を犯されたのと同意義だ。

「この部屋は白過ぎる」

吐き捨ててぐいぐいと長く細く冷たい指を引いて足早に歩く男に素直に従う悪鬼は反論を試みるたりはしない。

思考回路がおかしな具合に接続された軍師の珍妙な発言は常のことであり、ユーバーを不快にするものではなくむしろ愉快な心地にさせるものである。

アルベルトほどユーバーを楽しませる人間は過去も現在も存在せず、未来にもきっと現れはしないだろう。

だからこの酩酊は生と死の混沌にではなく、軍師への愛しさによる酩酊だ。

くつくつと咽喉をならして親と連れ立つ幼子のようにされるがままに水溜りを抜け出しながら悪鬼は笑った。

それに物言いたげにちらりと視線を寄越し、しかしなにも言わず嘆息して男は濡れた白い悪鬼の指の腹を、手の甲を撫でた。

 

たとえ血に濡れていようとも

 

「お前の肌は白だろう」

 

それが赤と呼ばれる色を纏っていようとも、悪鬼の肌は白なのだ。

アルベルトの眼に痛いほどの白雪。

だからユーバーと同じ色を纏ったこの部屋も白いのだ。

 

「だから」

 

この部屋は白過ぎる。

 

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うん。

うちの軍師は変態のほかに、電波という称号を得た模様だ。

最近ますます異常者度が上がってきているうちの軍師ですが、彼はどこに行きたいのでしょうか(むしろ私が)

あーうん。

そんなのユーバーと同じところだよね、

わかりきっていることいってごめんよアルベルト。 

 

 

 

[71] 女に生まれたかった

2007/12/9 (Sun.) 16:21:28

 

 

留めて置ければよかったのに。

 

今この胎から零れ落ちていくこの男の精を留めて置ければよかったのに。

女のようにこの男を奪って捕らえて呑み込んで、この胎の中でもう一度創り出せれば良かったのだ。

ああ、だが。

 

「せんのない事だ」

 

喩え女の姿をとった所で、この身はどんな命も育みはしない。

今と同じように、無理にとどめた所で腐っておしまいだ。

 

産み出せるのは、死と混沌。

 

新たなる秩序、静寂のみが支配する哀しく寂しい無人の世だ。

己が半身が吐き出した精しか、この身は受け付けぬ。

 

だが、それに何の意味がある?

 

ただ独り、自己だけが存在する世界など、吐き気する。

ああ、本当に。

 

「この胎が貴様を宿せればよかったのに」

 

そうすれば、お前を失わずに済むのだろうに。

 

傍らで眠る人間の赤髪をそっと掻き揚げながら、人ならざる神は嘆いた。

 

 

喩え人でなくとも、他者の命を生み出せる何かであれればよかった。

 

 

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唐突にアルユバ。

ユバは賑やかで騒がしいのが好きだと思う。

時々煩わしくて仕方ないけど、基本騒々しいのが好き。戦場が好き。

だって、命がいっぱいで煌めいてるから。

だから逆に静かなところは嫌い。

なんだかんだで人間に関わり続けて、滅ぼさないのはその為だと思う。

人間滅ぼしたないなら、呪文一発で街や国ひとつ、本当は滅ぼせるんじゃないかと思う。

でもそれをしない。

一人でも独りにはなりたくないから。

たとえ種として、異物として拒絶されていても、其処に自分以外の命があるって事は、すごく安心する事だから。

うちのユバ、ペシュと違って人間じみてる。

ペシュの方があからさまに人間じゃない精神構造してる。

アルが先に死んじゃう事を不意に思い出して、置いていかれる事にすごく絶望する。

初めて拒絶を示さず、交わろうとしてきた人間。

そして、実際に混じることが出来た。

アルは誰もが持ってる自種族以外への根本的・根源的な忌避感を持たない、生物としてはどこかに欠陥がある人間なので、素直に綺麗で欲しくて愛しいユバをなんのこだわりも無く受け入れてる。

それはユバにとって初めての事で、すごく得難いこと。きっと、もうアル以外には現れない。

でも、精神的に交じり合えた男でも、肉体的に隔たりがりすぎて、命をつなぐ事が出来ない。

そして置いていかれる。

死ぬ事もできないし、ほんとユバは絶望。

死ぬ事もできないのに、いき続けることを、「死に至る病」って言うのだと何処かで目にした。

ホント、そんな状況。

生きてるのに、それは病んでいる。

死に至る病気期間なのに、それがずーっと続く。

 

哀れな半身に、ペシュは溜息ついてますよ。

だから、早く始まりへと世界を孵せば良かったというのに、って。

そうすれば、孤独である事も気づきもせずに幸福にたゆたっていられたろうに、って。

ペシュは孤独が苦痛ではなくて、ユバがいれば自己の欠落はない満たされた状態であるので、それで平気。

孤独でも生きていける。

でも、ユバ欠落が埋まっても、孤独では生きていけない。

だから二人の逃亡劇は終わらない。