乞う

 

「殺してしまえ」

 

澱みのように己の内に凝っているどろどろとして醜い感情が凝縮され、言葉となって溢れ出した。感情を暴走させての言動など、元来の己なら唾棄すべき事柄に他ならないのに、今のアルベルトはそれをどこか遠い所から漠然とした景色として見ているような心境しか抱けなかった。

 

「殺してしまえ」

 

いつものように。いつも以上に冷えきってクリアな視線で自身を含めた世界を見渡しながら、それでも妙に熱く煮えたぎっていっこうに覚めやらぬ脳の命ずるままに、もう一度同じ言葉を吐き出した。

しかし、それに対して返って来たのはアルベルトの熱をさらに上昇させ、またその沸騰した血を凍りつかせるような答えだった。

 

「できない」

 

吐き出す呼気すらも毒を含んだよう。

金を紡いだ糸が縁取る人形めいて人間味など欠片もない美しい顔に、ぎらぎらと輝く怖気が走るほどの欲望を放つ赤と銀の瞳がはまっている。

常にそのようにあるはずの悪鬼が、その瞳から狂乱を消し去っていた。

顰められた眉、おちる睫の影すらも見惚れるほど美しい。

 だが、それは今アルベルトを苛立たせるだけの効果しか齎さない。

 

「なぜだ?」

 

眉を顰め、軍師は悪鬼に問うた。

命を喰らう事を楽しむ異形が、なぜただ一つの命を屠る事を躊躇う?

「殺せ」と、アルベルトが口にしたその音に悪鬼が否を返した事など、ただの一度もない。

如何なる時も嬉々として、その命令を遂行し、その音を待ち焦がれているはずだったのに。

 

「愛しているからだ」

 

酷薄な唇が、それに似つかわしくない情熱的な台詞を吐き出した。

 

「アレだけを、愛しているからだ」

 

耐えがたい苦痛に犯されているようなその表情には、背筋が泡立つほどの色が混じっているのを悪鬼は自覚しているのだろうか。

 

「呪われし我が半身を」

 

慟哭するかのように押し出された言葉に、アルベルトは、関節が白くなるほどに、その手をきつくきつく握り締めた。

 

 

ああ。

 

殺してしまいたい。

 

その唇で、その瞳で。

 

私にではない愛を口にするお前を。

 

 

 

それを望むのは誰よりも自分なのに。

 

なぜ、己には向けられない?

 

 

 

 

 

 

決して人には与えられぬ異形の心を、乞うている。