恋に溺れた

愚か者

 

 

ああ

駄目になるのだ

 

私はもうじき、駄目になる

 

およそ戦闘と言うものに相応しくない容姿をした悪鬼が嬉々として一種の舞のように剣を振るう様を見て、赤髪の軍師は絶望の或いは至福の吐息をもらす。

「ユーバー」

突然かけられた声に、悪鬼は刀を軽く振って飛び掛ってきた怪物を(それはもしかしたら悪鬼の同類なのかもしれないが)切り裂きながら、少し離れた場所で何をするでもなく突っ立っている軍師を流し見た。

「なんだ」

その壮絶な色をのせた赤と銀の瞳に自身を映されて、軍師はますます駄目になる、とぼんやりとおもう。

「私はもうじき駄目になる」

口に出してみれば、ますます現実味を増して迫ってくる。

もうだめだ。

寝ても覚めても。食事中も入浴中も読書中も軍議の間も(これは確実にまずいだろうと自分でも思う)上司と向き合って居る時も考えるのは常にこの悪鬼の事で(情事の間もだが、これは別にそのままで構わないだろうから(いやむしろ考えていなかったら問題だ)割愛しておく)、どうすればこれが喜ぶ殺戮の場をより多く与えてやれるだろうとか熟考してしまっている。

「なにを言っている貴様。小難しい事ばかり考えていて、とうとうその頭がいかれたか?」

思いっきり顔を歪めて返って来たのは軍師の語彙力からしてみればとても稚拙な悪態だ。今度、暴言の数々を教えてやろうかと考えて、それが恐らくは(いや確実に)自分に向けられるのだろうとすぐさま却下した。しかし、それすらも可愛らしいなどと思えてしまう辺り、既に駄目だろう。

人を惑わし狂わせるなんて、まさしく妖の類いに相応しい所業だ。悪鬼に送られた仰々しい装飾過多な肩書きの数々の面目躍如といった所だ。

しかしその被害を受けている張本人としては笑えない。 だが危険なものだとわかっていて逃げ出さずにますます深みに嵌って行く(それはさながら底無しの泥沼のように)のだからしようがない。

女に溺れて国を滅ぼした歴代の愚帝達を笑えない(昔はおおいに冷ややかに鼻で笑って見たものだが)。いやむしろその気持ちが痛いほどわかって妙な親近感さえ覚える。 本当に、なんでもしてやりたいのだ。

赤月帝国のバルバロッサなどとは、会って話がしてみたかったかもしれない。

きっとお互い性悪につかまって大変ですねハハハと笑いあって茶を飲めることだろう。

ああ、駄目だ。

そんな事はいまさら無理な話なのだし、考えるべき事ではない。

やる事は山済みなのだから。

だがしかし、妙なものでも見るかのようにこちらを見る妖の喜ぶ顔が見たくて仕様がない。

いっそ悪鬼の望みどおり世界を滅ぼす策でも練ってやろうかとさえ思う。

そうすればこの悪鬼はそれこそ子供のように屈託無く笑ってくれる事だろう。

 

「アルベルト?」

 

ああ、相変わらず綺麗な声だなユーバー。思わず聞き惚れてしまいそうだ。

だが名前を呼ぶな。

お前に呼ばれると思考熔けてどろどろになるからまともな戦略が出てこなくなるんだ。

近づいて来るキレイなキレイなバケモノを見て、身体の機能が異常を起こすし、ただでさえ普通とはちょっと違う考え方をする(例えば人間を人間として見ていない所とか。自覚はしているが正常な考え方というものがなんら意味を持つものではないという事は確認済みだからたいした支障は無い。少々兄弟間に溝を作る程度で許容範囲内だ)頭がますますおかしくなっていく。

 

 

駄目になる。

 

お前のせいで、駄目になる。

 

 

 

 

 

 

 

あったまおかしいアルベルトですみません(汗)

深夜で頭がハイになっていたせいだと笑って見逃してやってください(土下座)

見棄てずにこれからもいてやってくださると嬉しいです。