光一つ無い闇というのは、実のところ真実暗いわけではないようにアルベルトはずっと感じていた。

闇そのものが幽かに発光しているかのように、薄い紗幕を一枚かけたように茫洋とした白さをもっている。

だから、闇、というものは、表すならば黒色ではなく灰色であるべきだと幼いアルベルトは頑なに思っていた。

黒い闇というものを、アルベルトは異形と出会って初めて知った。

黒に黒を重ね塗り込めたような漆黒。

豪奢な、しかし慎ましくもある輝く金も、青くさえある鉱石の透明な白さえもその膚は備えていたのに、与えられる印象はただただ黒なのだ。その光彩さえ従えてある黒色は、たとえて言うなら夜闇にもっとも近しいのか。

これを黒というならば、今まで眼にしてきた黒は薄汚れた鼠色が濃くなったものにすぎない。

真黒の闇を何者かが切り取り、出現させたような存在。

静けさを伴い、其処にあったその闇からは、甘い香がした。

 

 

まどろみの庭

 

 

世界を支配する熱源が頂上を幾ばくか過ぎた辺り、その陽射しに金光を散らす頭髪を無造作に地を覆う青草に流し寝そべる人の形をした化物に向かい、真っ直ぐに幼いアルベルトは進んでいく。

「何のようだ、餓鬼」

額を乗せて伏せていた顔を己の腕から僅かに持ち上げ、眩しさに細めた眼で胡乱げに睨み上げた異形のその端整な目元、瞳孔の縮小した白刃の如き銀とあまりにも鮮やかな深紅に密かな感動を覚えた暗赤髪の子供は、暴力的なまでの日照を遮る位置に立ち止まる。

小さな障害物はそれでも充分に役割を果たし、異形の縮小した瞳孔は長く伸び普段の大きさへと姿を戻す。その行動への褒美か、のそりと手をつき上体を気怠げに持ち上げた悪鬼は、先よりも些か真面目に取り合う様相を見せた。

完全にあらわになった凄烈な美貌に膝をつき屈み込んでより一層近づいて、子供はひとつ、言葉を落とす。

「あなたからは、甘い香りがします」

噎せ返るほど濃厚なそれは、だが実際の所それほど強い香ではない。淡く柔らかく嗅覚を刺激するのではなく満たす。初めて出会ったときよりアルベルトが嗅ぎ取っていたそれは、奇怪なことに他の多くの人間にはわからないらしい。告げた子供に、大多数は怪訝に顔を染め、幾人かは些か驚いたように諾と頷いた。

聞いた異形は目を眇め、愉しげに唇を引きゆがめて起きあがり、同位置に来た幼いまろみを帯びた面貌に真向かう。

「血の匂いを甘いというか、子供。さすがはシルバーバーグの血統と言うべきか?それとも、貴様が特殊なのか?」

ゆるりと伸ばされた手がアルベルトの酸化しはじめる直前のような暗い血色の髪をつまみ、引き、遊ぶ。

傍目にそうとわからないほど長い間隔であまりにも静かに呼吸する異形の吐息からより顕著に香る甘い芳香に溺れる子供は、己の髪を弄るその長い繊手の冷ややかさに誘われるように願いを口にした。

「ここにいてもいいですか」

凝と見据える、理性を残した熱を孕んだ透徹とした碧に手に取った髪を離しながら機嫌よさげに異形は笑う。

「好きにしろ」

許諾に目尻を弛めた子供が離れていってしまったその白に渇望の色を混ぜると、その手腕が小さな体を抱き寄せた。

途端に強く押し寄せる陽光に温まった黒衣の奥から漂う濃密な血の匂い。

だが、アルベルトが甘いと感じるのはそれに混じって仄かに香る全く別種の匂いだった。

鉄錆びたそれと分かちがたいほどに溶け合った甘い花のようなそれは、子供が今まで出会ってきた他の血臭とは明確な差を生み出している。おそらく、これ以降も出会うこともないだろう。

そう漠然と確信した幼い体躯を腕に囲んで元のように寝転んだ異形は、子供の赤髪に頬を寄せて喉をならす。

「血の色だな」

「好きですか」

「ああ、好ましい」

低く甘い振動によってもたらされた言葉は歓びであり、果実の腐臭にも似た香に包まれて、幼いアルベルトは幸福に微睡んだ。

 

 

 

 

 

 

素のアルベルトの口調とユバの口調って似てるから書き分け難しいよなって思っていて閃いた

軍師の口調が異形と一緒なのは、幼いアルベルトにユバのがうつったからだ!

あれが手本ってどんなだよorz

 

ユバは血の匂いがするけど、なんかちょっと甘い香りもするんだと思う。

フェロモンみたいな?

わかる人にはたまらなく蠱惑的でふらふら〜と耽溺しちゃう麻薬のような甘ったるい薔薇みたいな香り。

常習性あり。一度はまったら抜けられません(笑)

そういや軍師は百戦錬磨っぽいけど、ユバ以外と寝たことはないと思います。

あんなのが傍にいたら、他はみんなカボチャみたいなもんでしょう。

アウト・オブ・眼中ここに極まれり。