低温火傷

 

 

室内に足を踏み入れた瞬間、アルベルトは眉根を寄せた。

鼻腔を刺す錆びた鉄の香り。

その原因は探すまでも無く、アルベルトの目に真正面から飛び込んでくる。

白々しいまでに明るく照らされた部屋と、反比例に濃い黒い影。ゆらゆらと揺れるランプの炎と共に歪むその影は不気味で、蛇がちろちろと舌を閃かせる様にも見える。

だが、そんな物に気を取られるような可愛らしい精神を生憎とアルベルトは持ち合わせていなかった。

影は所詮影でしかなく、それ以外の何者でもない。

年輪の刻まれた、所々艶を無くした床板を踏みしめ、アルベルトは椅子の足に凭れ掛かっている血臭の大元に歩み寄って行く。

ぎしぎしと板の軋む音は悲鳴めいて酷く耳に障る。そしてそれはかすかに舞い上がる砂埃も同様だった。

だが、こんな辺境の、砂と照りつける太陽以外なにも無いような場所では仕方が無いことだろう。こんな場所では、どんなに念入りに掃除をしようと、何処からともなく入り込んでくる砂塵を完全に除去するのは不可能だ。おまけに、土足で歩き回るのだ。少々の砂埃は当然だ。

それだけに、この宿の亭主に不満を言うつもりも無い。

第一、部屋に浴室があるだけでも、随分な贅沢だ。普通に考えればとんでもない金額を突きつけられるだろうところを、無償で提供してくれているのだから。

まぁ、だからと言って。いくら絨毯が敷かれた範囲であろうと、椅子ではなく直に床に座る気になどなれないが。

木偶人形のようにだらりと座り込んでいるそれを間近に見下ろして、アルベルトはますます眉間の皺を深くした。

黒衣の下に敷かれて絨毯は濁った赤が染み込み、どす黒く変色してしまっている。今だ湿ったような黒衣を見れば、それからじわじわと染み出す赤い色に、さらにその範囲が広がるだろう事は明らかだ。

一体、どれほどの血を浴びたのだろうか。

豪雨に晒されたかのように全身濡れそぼり、光を弾いていた金の髪は見る影も無く赤に染まって、まるでアルベルトと同じ赤毛のようになってしまっている。

顔に掛かった毛先からは、ぽたりぽたりと紅玉のような球が滴り落ちていく。

青白いほど白かった、温もりを感じさせない陶器のような肌も、べったりと赤に塗りたくられ、所々その赤が乾いて剥がれ落ちた箇所にしか、その面影は無い。

これでは俯けられているその貌の造作がどんなに整っていようと、誰しも嫌悪に顔を背けるだろう。

それでも、アルベルトはその面を見たいのだ。

苛立たしい気持ちをそのままに、欲求にしたがってアルベルトは赤に変色してしまった金糸を乱雑に掴み上げ、力任せにその顔を上げさせた。じとりと濡れてぬめり粘つく髪糸が、たまらなく許せない。

「っ」

突然の暴挙と苦痛に、悪鬼は口から息を呑む音をもらす。

仰け反って晒さられた、襟元から僅かに覗く喉もまた血塗れで、アルベルトはますます不快になった。

自身の腕の下に見える、美しい弧を描く眉が歪んでいる。だが、それ位では気がすまず、髪を掴む手にさらに力を込め、異形の身体を引き摺り上げると、そのまま浴室に向かって歩き出した。

決して軽くは無い体重を、僅かばかりの毛髪で引き摺られるのだ。引き毟られる様な頭皮は苦痛だろうに、悪鬼はそれに逆らわず、されるがままにそれほど広くない室内を横断する。掴まれた髪にぎりぎりと力をこめられて、それなりの痛苦を悪鬼に与えていたが、まるで肉体と精神を切り離されたかのように、ユーバーの意識には届かない。

悪鬼の所業を知るものが見れば、命知らずな、と青くなるだろうが、誰よりも異形の思考の機微を知っている軍師には不安など微塵も存在しなかった。

血に酔って意識を飛ばしている異形は、殺気さえ感じなければ相当の事をしてもその意識を戻す事は無い。

第一、アルベルトはまだ自分が異形にとって価値があることを知っている。

異形が望むように敵と場所を提供し、最も効率よく悪鬼を使う事のできた軍師は、自分以外にいないという自負がある。彼の生み出す無慈悲な戦略と悪鬼とはこの上なく相性がいいのだ。そして悪鬼がそれを気に入っている事も、アルベルトは知っている。

アルベルトが悪鬼にとって利用する価値があり、また悪鬼を楽しませる限り、そうそうの事ではユーバーはアルベルトを殺さない。

だからある意味、アルベルトはユーバーに対して暴虐武人に振舞う。 

また、それさえもユーバーには愉快なのだろう。恐れ畏怖されることに慣れている異形は、そうしたアルベルトの態度が新鮮で面白いのか、その場では不快だと荒れるとしても、あとあと愉快気に口の端に上らせる事がある。

なんにせよ、アルベルトには都合がいい。

諌める度に殺されているのであれば、それこそアルベルトは何百回と無く死んでいることになる。

だが、今度は作戦の不利有利になどとは関係無しに、ただ苛立ちのままにアルベルトは悪鬼を乱暴に扱った。

気をつかわなかった所為で引き摺る際にあちこち身体をぶつけていたが、異形は今だ茫洋としたままで、意識を戻そうとしない。また、アルベルトもそれを気にすることなく、そっけない木目の扉を乱雑に開けると、投げ捨てるかのように悪鬼を放り出した。

狭い浴室内の洗い場の床にしたたかに身体を打ちつけ、悪鬼の身体は意思とは無関係に赤子がむずがるように小さく身じろいだ。まるで物の様に扱った異形を追うようにして自身も浴室の扉を潜ると、途端に湿気と温い熱気が纏わりつくようにアルベルトの身体を包み込む。浴槽に張られていた熱い湯は宿泊主の来訪が遅かったせいで、長い時間放置され湯気を出すことも無く、浴槽の底を覗かせている。

軍師が部屋に帰る前。ユーバーが戻る以前に用意されたであろうから、仕方の無い事だ。

ある程度の温度が無ければ、悪鬼の身体にへばり付く血を洗い流すのに些か不便だろうが、無論、水でもかまいわしないのだ。

浴槽に満たされた水から視線を悪鬼に移せば、タイル張りの床が濡れていた所為で、異形の黒衣についた血が先程よりも多く滲み出していた。白に青で紋様が描かれたタイルに、波紋状に拡がっていく赤の対比が鮮やかだ。それに、先ほど悪鬼の身体を引き摺ってきた室内は散々な状態になっているだろうと今更ながら思い至って、舌打ちしたくなる。

溜め息を押し殺し、アルベルトは手足を投げ出し、倒れたまま動こうとしない異形の胸元を掴んで浴槽に叩き付けた。

その衝撃に浴槽が鈍い音を上げ、僅かに動いて中に抱え込んでいるぬるま湯が波立つ。零れた湯を黒衣に浴びながら、そのまま浴槽に凭れ掛かるようにして足を投げ出した悪鬼に、手近に置いてあった手桶で、おもむろに掬い取ったぬるま湯を浴びせ掛ける。騒々しい水音がたった。ぱたりぱたりと悪鬼の白皙を水滴が滴り落ち、金糸は赤を振るい落としてその姿を見せる。

「なんのつもりだ」

意識が現に戻ってきたのだろうか。いくらか血が洗い流された、それでもまだ朱金のような色合いをした髪を気だるげに掻き上げ、ユーバーはぼんやりと顔を上げてのろのろとその視界にアルベルトを納めた。

「それは私の台詞だな、ユーバー」

色水を被ったような橙に染まった髪に指を絡めて、吐息が交じり合わんばかりに異形を引き寄せる。間近に迫ったその奇異なまでに左右対照な美貌が、苦痛にか歪んだ。まるで人でない事の証のように形造られたそれに、見惚れると同時に苛立つ。

「いったい何度私に言わせれば気がすむ?」

その貌がよく見えるように、さらに仰向かせ、まるで口接けるかのようにかすかに背を屈めてアルベルトは言葉を紡いだ。

茫洋としていた異形の瞳がアルベルトの顔を映し出し、周囲の状況を認識していなかった思考が、徐々に活動をはじめたらしい。僅かに意志を取り戻した視線が、弱々しくアルベルトを射た。

続いてはっきりと不快とわかるように顔を顰めた悪鬼は、鼻で笑って短く吐き捨てる。

「知ったことか」

は、と短く息を吐いて、ゆるゆると瞳を閉ざそうとするのを許さず、アルベルトはぎり、と髪を引き捻ってその瞼を開けさせる。

義理のように億劫気に開いた赤と銀に、碧を合わせ、アルベルトは笑った。

「では、もう一度言おう。ユーバー」

まだとろりとして、普段の鋭利さがないその瞳は、たやすく溶けてしまいそうだ。水銀のように妖しく粘りけを帯びた体液に揺らめくキレイな色合いのそれらを眺めながら、言い聞かせるように音の羅列をその耳に注ぎ込む。

「私は、血塗れたままで戻るなと言っているんだ。何処かで洗い流してから帰って来い」

既に何度目になるかもわからない言葉を口にして、アルベルトはユーバーの返答を待った。どうせろくな返事が返って来ないと分かってはいても、一応の確認はするべきだ。

だが、アルベルトの言葉に、ユーバーは下らないとばがりに瞳を閉じると、投げやりに言葉を返した。

「面倒だ。貴様がやれ」

今までに無かった答えに一瞬虚を突かれ、アルベルトは鸚鵡返しに尋ねた。

「私がか?」

「そうだ。そんなに気になるなら貴様がすればいい。俺は知らん」

瞼を閉じたまま答えたその顔はやはり顰められていたが、現状をどうにかしようと思うほどではないのか、そのままアルベルトの腕に身体を任せている。

その顔を見下ろし、アルベルトは先ほどとは違った笑みを浮かべた。

「なるほど。では、そうしよう」

今まであった苛立ちは消え、奇妙な楽しさがある。

 

笑って、噛みつくように口付ければ、酷く気だるそうに、

それでも、悪鬼は口付けに答えた。

 

 

 

 

 

これ書き始めてどれくらいたってるんだろう・・・

少なくとも半年は経っています。はい。・・・・・遅筆にも程があるんじゃなかろうか?

そしてあいも変わらず拍手返信と日記が滞ってる・・・メールへの返信もしたいし・・・くださってる方々、本当に申し訳ありません(土下座)。

何のリアクションも返して無いように見えますが、しっかり読んでます!!

嬉しさに小躍りしてます!!

ホントです!!ええ!!

リクももうちょっと待ってください・・・書く気はあるんです。ええ、もうバッチリ。

リクの女体化モノも、ちょっとずつ書いてるんですよ?

証拠を見せましょうか?

この下にちょっと貼り付けておきますので、平気な方は見てみてください!!(自己弁護に必死なんです。先月更新しなかったから、焦ってます。新しい仕事にもついて、ますます更新が遅くなりそうで・・・ふふふふふ)

 

反転してみてください ↓

 

 

 

灯された蝋燭の火に、蛾が惑わされて周囲を飛び交う。

バタバタと音を立てて燐粉を散らし、炎を揺らめかせた

 

立てた膝の間。女陰から流れる血を眺める

膣を押し広げ血の塊が伝い落ちる独特の感触

あの男の精が出て行くのとにている

シーツを濡らす

溢れる

ぬるりと

子宮から剥がれて

黒ずんだ赤い沁みが拡がっていく

「ユーバー」

寝台の上に座り込む痩身を覗き込み、軍師は奇妙に眉を顰めた。

「子供が産めたのか」

 

「おい…こんな事をしても無駄だ」

この胎は命を育むことをしない

「だいいち、どんな生物でも、卵が無い時に交尾したとて子なぞ孕むわけなかろう」

「そうだな」

「ふん。貴様が子供を欲しがっているとはしらなかったぞ」

「ほしいわけでは無い」

 

 

おもいっきり途中・・・こんな感じでね、進んで行くんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ絶対リクしてくださった方の意向から外れてる。間違いない(青)