彼は 去り逝く世界にただ一人夢をみる 葬送の花 抱かれているのは、大輪の百合。 その花の花弁は、白く肉厚で、大きく細長い。口先を娼婦のように淫らに開いて花芯を吸って欲しいと蟲を誘い、静脈の如く水を吸い上げる管を青く浮かび上がらせてもいる。綻び始めたばかりの蕾さえ、もうすでにその中に淫猥な何かをひそめていた。その花首を支える茎は、漂白されたような緑色をして、病的な真白さを漂わせる。 純潔の花ともいわれる、その清廉な花に、なぜそのような淫靡な印象を受けるのか。 それとも、未だ破瓜を迎えぬ処女の内に秘めた欲望こそを、感じ取るからか。 幾ばくかの縮こまったような固い蕾。触れれば、今にも崩れ落ちて逝きそうな満開の白百合の中には、一瞬目を離しただけで咲き誇ってしまいそうに口を緩めた蕾もまたまじっていた。それらで構成された花束を、悪鬼はその腕いっぱいに抱いていた。 たったそれだけのことで、異形を闇に沈ませるための役割を果たしているだけの普段通りの黒衣が、やけに喪服じみて見えた。奇妙に白い、美しい鋭角な爪を供えた指先が、黒に抱かれた大量の白の中に埋まっていく。異なるその二つの白は黒の中にあって溶け合わず、どこまでも平行に同じ場所にあった。 そこだけを見れば、色彩の無い、黒白の世界のようだったかもしれない。けれど、光をはじく、そのものが光のような眩ゆい金糸が、それらを縁取り、絢爛に飾り立てる。 異形の肩から零れる結われた長い豪奢な金の髪。それ一筋がどんな繊細な彫金を施した金細工にも勝る装飾品のようだ。 風が吹いた。 ひろくひろく、世界の果てまでも続いているようなもの哀しい乾いた荒野を、走り去っていく。 舞い上がる砂塵。翻る異形の金の髪と、忙しない音を立てる、己の外套。 荒涼とした世界に、悪鬼の腕に守られて僅かに身体を揺らすその花は、やはり異端であった。 それでも、悪鬼は追い立てるような風に怯むでもなく、抱いた百合をこの上なく愛しげに抱き締めて顔を埋める。 相応しい光景なのかもしれない。 幾万の命を奪い、世界を滅ぼすを志した哀れな人間を弔うのが、この人外であるということは。 想いを込めるようにして抱いていた花を、悪鬼は一輪一輪、強大なる墓標の上に落としていく。 恒久に続くとも考えられた偉人らの遺跡。それら全てが、かの者達の眠る棺だった。 くすんだ、無彩色の崩落した石の上に落ちる白い花は、その静謐を脅かす事無く、ただただ静かに色を添える。 死の影が描くその絵を、軍師はただ見ていた。 哀しく、寂しい光景だ。 本来、人の死とは、そういうものなのだろう。 数の上でしか知らず、泡のように消えていってしまう、戦場の者達の命もまた、こうあるべきなのか。 悼むように、軍師は異形の緩やかな動作を見守り、束の間の感傷にひたった。どうせ、この場を離れれば、彼の頭のなからは、そんな事はきれいに消えてしまうのだろうが。 それでも、今この時だけは。 この静寂にも負けぬ、澄み渡った碧い湖沼が見詰める先で、花を無心に落とす悪鬼の口唇が、ゆっくりと開閉された。 「貴様が死んだら、同じ花を手向けてやろう」 荒々しさの無い、静かな音だった。 異形のふせられた銀と赤の瞳は軍師からは視認出来ず、その貌も光に滲むように淡く、微細な変化は読み取れない。 音だけをひろって、軍師は瞠目し、そっと瞳を閉じた。 「そうだな」 微笑むように、人の耳には捕えられぬ小さな声で、この冷たい風にまぎれてしまうように、囁くように答える。 「ああ。そうだな、ユーバー」 この献花は、いつか己にも添えられるもの。 あまりにも短い時の中、過ぎ去る人に、異形がその心を伝える為に捧げる花。 その白い繊手に抱かれて、愛おしまれた花に包まれ、己もまた眠るだろう。 ひとり世界に遊ぶお前の夢をみて、果ての世まで眠りにつくのだ。 「ユーバー」 呼ばれて、顔を上げたあまりにも美しいその人外に、赤髪の軍師は己の脆弱さに口を歪ませた。 「お前は、何時だって正しい」 それに。 異形は血を啜ったように赤い赤い口唇を、嘲笑するかのように、弓なりに吊り上げた。 先日の拍手返信が送れたお詫びにリクエスト受け付けました所、お言葉を下さったので、書かせていただきました。 「the world of
the end」の続きか、花にまつわるお話ということでしたので、こちらに。 えっと、求めていらした物と違いましたら、申し訳有りません!! 苦情はいつでも受け付けます!! 久しぶりにアルユバを書ける頭になったので頑張ってみました…でも、やっぱり微妙にスランプです…文があっさりしすぎているような…アルユバはしつこいくらい情景描写をしたいです…ねちねちねちねちと…相変わらず、軍師は変態ですね… おかしいなぁ…なんで変態なんだろう… ああ!! 私がユバに対して変態だからか!! や、だってユバったら美人さんだから…おかしな妄想膨らむのです… |