自身の正面でうっすらと笑む男をひたと見据え、両手に包んだ曇り一つなく磨かれた杯を、アルベルトは静かに呷った。 毒を呑む 無理に呼吸しようとすれば、喉に詰まったどろりとした粘着質な血液が逆流し、ごぼごぼと排水溝に呑まれていく水のような音を立てた。 後から後から胃の腑の奥より溢れ出てくる体液を吐き出さなければ、例え呷った毒で死なずとも、遠からず窒息死するだろうことは自明の理だというのに彼の体は言う事を聞かない。 仰向けに寝かされている身体を横にしようにも、臓腑から吸収された毒によって腕一つ動かすことすらままならない。 どうせなら倒れた時のまま捨て置いてくれれば窒息死する危険からは逃れられたものをと、自分をここまで運んだ者にせんの無い恨みを抱く。 このような馬鹿げた事象により死ぬのかと思うと情けなさで涙すら浮かんできそうだ。 自嘲の笑みを浮かべようとした所で、不意に声が落ちてきた。 「馬鹿が」 聞こえるはずの無い声を聞き、アルベルトは引きつる瞼を無理やりにこじ開けて頭上を仰ぎ見た。 そこに、幾年か昔に己の前から姿を眩ませた異形の姿を見つけ、とうとう幻覚まで見始めたかと、己の精神の惰弱さに呆れ果てる。 失笑すらできぬと落ちる瞼をそのままに暗闇の世界に戻ろうとすれば、突然頭を揺さぶられた。 身体を起こされたのだと理解し、己を支える腕を認識すれば、これが現実だと否応無く突きつけられる。 それでも、いや、誰か別の相手を見誤っているだけかも知れぬと今見た面影を否定すれば、知った指先が口唇に触れた。 ひんやりと冷たい、陶器のすべらかさを持った細い指は、まぎれようも無くあの悪鬼の物だった。 幾度その指に口付け、口腔内に含んだ事だろう。 今一度目を開こうと努力している内に、その指先が唇を割り、歯列をこじ開けて押し入ってきた。 「吐き出せ」 挿し込まれたその指は、有無を言わさぬ動きで口の内膜を押し広げ、喉の奥を抉った。 「ぐ、ぅっ」 生理的な反射で吐き気を催し、詰まった血の塊を吐き出そうと体が動いた。それと同じくして、異形の指は血を掻き出そうと容赦なく咽喉を抉っていく。 「げほ…っ……がはっうぁ…」 入った来たとき同様乱暴に去って行った指を追うように込み上げて来た血液を口内から吐き出す。 だが力ない体ではそれも勢いは無く、静かに溢れ出し唇の端から伝い落ちていくだけだった。 しばらく体の求めるままに吐づき続けていたが、それが治まると力の入らぬ瞼を無理やりこじ開け、アルベルトは今度こそしっかりとその顔を見据えた。 「……ユー…」 後半は声にならず、押し寄せた咳にまぎれて消えてしまったが、それでも彼は異形の名を呼んだ。 何故ここにいるのか、どうして今になって再び現れたのか。 何故、自分を捨てたのか。 数限りない問いを、ずっと、繰り返してきた。 「なんだアルベルト?」 だが、彼を支えていた悪鬼は、まるで変わらぬ揶揄するような声でアルベルトに答えて見せた。 まるでほんの数日血を求めて狩りに出ていただけだと言うように他愛もなく。 ただそれだけで、すべてが熔けていく。 異形と別れてよりの数年間が、まるで無かったようにさえ感じて、アルベルトは笑った。 それは自嘲でも失笑でもなく、諦念ですらない。 ただ、静かな喜びだった。 「いいや……なんでも…」 心が落ち着けば、身体まで落ち着いていくのか。 穏やかに答えて、張っていた全身の力を抜き、異形の腕に身体を預ける。 「そうか、ならば眠っていろ」 乱暴に目頭を抑えられ、視界を閉じられる。 「ああ…そうしよう」 アルベルトはその手の導くままに、心煩わされるものなどなにも無いかのように、忍び寄ってくる優しい暗闇に意識を溶け込ませていく。 「ユーバー……あまり、長く留守に…するな……」 眠りに意識を滑り込ませる寸前の言葉に、悪鬼が忍びやかに笑う声が耳に届いた。 アルユバです。 どんなにユバアルに見えようとアルユバと言い張りますよ私は。 ええ。アルユバですとも!!(自分で言ってて説得力無いのは十分承知です) アルベルトが相変わらず弱いですね。 うちの軍師は悪鬼にメロメロ(死語だよ!!)なんでもうめちゃくちゃ弱いんですよ… 惚れた方が負けと言いますしv ね?(ふぇーどあうと) |