肩から無造作に流れる、編まれた金の髪が光を弾じく。ともすれば灯された明かりよりも眩ゆいそれが天幕にいる者の目を射ていた。

異形はそれに気づく様子も無く、腰掛けた椅子に自堕落に凭れ掛かり、剣の手入れしている。が、それは惰性的で用を足しているとは言い難い。しかし、最近は待機ばかりでその牙を使うことも少ないのだから、血油に曇るという事も無いので別に支障は無いのだろう。今更手入れする必要も無い事実に、異形は些か食傷気味だ。

その様に適当に妖しくぬらめく刃を拭い、その鋭い輝きを宥めすかせつ見ていれば、先程から幕を訪れた誰だかと話し込んでいる軍師の瞳に、苛立たしげな光が走るのを異形は目に捕らえた。

蔑みと呆れに満ちた軍師の気配を感じて、異形はにんまりと口唇を吊り上げる。

チラリ、と。楽しげにその色違いの双眸を細め、異形は赤い舌を閃かせると、そこに美酒の名残でもあるかのように口唇をなぞった。

 

 

従順であれど

 

 

軽く、目を見開いた。

 

軍師は目の前で死体に変わった男を一瞥して、不本意ながら変わって眼前に立つ形になった異形へと向き直った。

今の今まで、与えられた陣幕に設えられた椅子で大人しくしていた悪鬼の突然の凶行に、軍師は鼻白んで、じろりと異形をねめつけた。

「ユーバー。突然なにをするんです」

叱責に、しかし異形は鼻で笑って剣に付着した血を払う動作一つで彼の怒りを殺して無かったことにしてしまう。

「お前がそうしろ、といったように見えたんだがな」

さも可笑しげに視線を投げかけられ、軍師は舌打ちしそうになる。普段、人の心の機微を理解しろと煩く口にしていたのが事此処に至って裏目に出た。今までの苦労の末の成果を喜ぶことなど、出来そうもない事態だ。

苛立つ軍師とは反対に、異形は久々に血を見て気分が高揚したのか、退屈に濁っていたようにも見えた瞳が潤み、白磁の肌はほのかに紅潮しているようにも窺える。

「穿って考えるな」

情事の最中にも捉えられる顔をする異形を軽く睨みつけるものの、この件に関しては悪鬼の口にした通りなので、今ひとつ力が篭らない。

くだらない讒言を繰り返すばかりで要点に至らない無能なこの男に辟易し、ちらり、と。相対する最中、異形が耳障りな音を立てる元凶を始末してくれないものかと考えたのはいかんともし難い。まして、約定に背いて異形にしばらくの間血と争乱を与えていなかったのも事実だ。よくぞ今まで、大人しくしていてくれたとさえ思う。

ここはよく心の内を捕らえてくれたと誉めるべき所なのだろうかと一瞬考えてしまった。

しかし、やはり考えるのと実行するのとでは段違いだ。

この始末にかかる手間を考えると、余計な事をと舌打ちしたくなるのは仕方なかろう。

まず男の死体の隠蔽(これは悪鬼にやらせてしまえばいいのだが)。汚れた敷布の洗浄(どう考えても異形がするわけが無く、どうにかして部下に押し付けなければならない)。それから、殺してしまった男の上司への言い訳。

どれもこれも面倒だ。

戦術に関することならばいくら手間をかけても一向に構わないが、こんな些細な雑事には煩わされたくない。

楽しげに笑って、剣を伝う血を舐め取っている異形が、妙に腹立たしく見えてくるし、こんな下種な血を舐めるなと怒鳴ってもやりたい。

「ユーバー」

悪鬼の編まれた金の髪を捕えて引くと、軍師は引き寄せたキレイなその顔に腹いせに噛みついてやった。噛切られ、男の流したものより数倍美しい色を溢れさせた口唇は鮮やかな紅に染まる。

「おい」

痛みはあまり好きではないらしい異形は、案の定不快に秀麗な顔を歪ませた。

「腹いせだ」

それでも崩れぬ美貌を間近に観賞しながら、軍師はしれっと言い放って先程の悪鬼のように笑って見せた。

「やってしまったものは仕方が無いが、私がそれを望んだからといって、命令しない限り剣を振るうな」

溜め息をついて足元の死体に視線を落とせば、異形は嘲笑するかのように咽喉を鳴らした。

「ほぉ?敵との交渉中にもか?」

威嚇として、時折り命じる事例を引き合いに出して揶揄する異形に首を振る。

「いいや。まがりなりにも、私が組している陣営に関しては、だ」

ちらりと頭の隅で考える度に殺されては、どうしようもない。

「わかった」

素直に頷く悪鬼に先程己が着けた傷を、今度は癒すように舐めてやりながら、とりあえず、この死体をどのように活用すべきかを目まぐるしく頭を働かせる勤勉な軍師だった。