おかしくなる。

この男といると、自分が壊れていく。

 

 

闘う術を

失くした獣

 

 

例えば空腹を満たしている男や睡眠をとっているあの男を見ると、ああ、こいつは人なのだと当にわかっていた事実を目の前にまた突きつけられて、いつか死ぬだろう日のことまで話を飛躍させてしまって喚き散らして辺り一面焼け野原にしてしまいたいような破壊衝動に駆られたりするのだ。

この悪鬼よ死神よ心無きバケモノよと恐れられ、どんな悲鳴にも涙にも懇願にも心動かされずただ血と争乱に生まれる混沌のみを求め、それにたゆたっていた己が、この軍師の一挙一動に影響されている。

たかが一個の生命体に、自分がいいように振り回されているのだ。

笑い飛ばす事すら出来ない。

自分の心を震わせることが出来るものなど、混沌とあの影しか存在しえなかったというのに。

ああほら。

墨をつけた羽根でもって文字を薄っぺらな紙の上に綴っていく骨ばった他の人間に比べて白い指。あれが己に触れると限りなく緩く殆ど止まっているといって過言ではない心の臓がどくどくと強く脈打ち、身体を火照らせるのだ。

暗い蝋燭の明かりの中、仄かに光を映して輝くあの酸の湖のような澄み切った碧の瞳に捕らえられると、どんな強大な獲物に向き合った時にも経験した事のない硬直と言うものを味わってしまう。まるで彫像のように動けなくなって、あの軍師が近づいてくるのを待つしか出来なくなるのだ。

 

「なんですか?ユーバー」

 

じっと見つめていれば、いくら鈍い人間でも気付く。ましてやこの男は気配には敏い方だ。当然悪鬼の男を観察するような不審な行動にも気がついていただろう。そういえば仕事中だかなんだか知らないが、こういった場合の軍師はいやに丁寧な言葉使いをする。普段自分に向かってはそんな言葉使わないのに(散々馬鹿だの人語が理解できたのかとか言われる身としては)と不愉快に思いつつ、対外的に使われるその響きにも心躍らされる自分にも腹が立つ。

草案に一段落ついたのか、ペンを置き、悪鬼を振り返った軍師に、強張った筋を無理やり動かして(勿論なるたけ滑らかに見えるようにだ)そっぽを向いてなんでもないと勤めて平静を装って返答する。

訝しげにいまだ自分を見る男の視線が、早く無くなってくれぬものかといらいらと(だがどこかしら満ち足りて)ますます顔を背けて必要もないのに帽子を被りなおす。

その行動を不快に思ったのか、軍師の機嫌が下降したのには当然気がついた。室内では帽子を取れと散々口煩く喚かれたのは大分前で、悪鬼は言われたとおりにしていたから、今更反発するような真似をしたのを怒っているのだろう(大体これとてありえない事だ。たかだか人間の風習におもねるように、忠告を聞くなどと!)。

かたんと、小さな音を立てて椅子から離れ歩み寄ってくる男を異常なまでに意識して耳をそばだたせてしまう。

「なにを拗ねている」

悪鬼の傍らに立った男は呆れたように言って伸ばしたその指で俯けた異形の顔を掬い上げるようにして己に向かわせた。先程投げかけられた丁寧なものではなく、砕けたものにまた不覚にも嬉しいなどと思ってしまった自分を切り殺してやりたくなる。

「拗ねてなどいない」

「そうか?私が構ってやらないから臍を曲げているのだろう?」

ん?と首を傾げて薄ら笑いを浮かべる軍師に、顔に血が上るのを自覚しながら惚けて見せる。もしかしたら(もしかしなくても)お見通しかもしれないが。

「違うのか?」

「違う」

ほら見ろ。さも愉快だと喉を鳴らして見下ろしてくる。

だがら、悔しくてわざと否定の言葉を口にしてしまう。

そうすれば軍師はわざとらしく沈んだ顔を作って、溜め息などこぼす真似をする(厭味なヤツ!)。

「なんだ。寂しい事をいうな」

顔が近づいてきて耳元で囁やかれ、震えが身体を走り抜ける。

ぞわぞわと背筋をあわだたせるこそばゆいような心地良いようなそれに、落ち着かなくて身じろぎすれば押し殺した笑いが男から漏れ聞こえてくる。

男の顔が首筋に埋められ、悪鬼は必然的に軍師の赤髪に顔を埋める形になってしまう。鼻腔を擽る男の匂いに、異形は反射的に身体を弛緩させる。

軍師からこぼれる吐息が肌に触れ、熱く柔らかな肉を己の冷えた肌に押し当てられて軽く弄られる。

身を震わせて縋るように(抗うように)男に腕を廻せば、柔らかな愛しさを滲ませた声が耳朶をうつ。

 

「お前は可愛いな、ユーバー」

 

そんな事を己に言うのは、永い時の中でこの男だけで。

この男にしか、言わせるつもりはない。

 

 

男の腕の中で警戒を完全に解いて、縋る自分など信じられない。

 

こんな己は知らない。

 

いままでの自分が、端から壊されていって、

造り上げられた自分は、この男のものだ。

 

 

 

お前がいなくなったら、俺はどうすればいい?

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・ありえないほどユバが乙女です。

どうしたんだ・・・一体なにがあった、ユバ

つか、いつもの二人と絶対違う。

違う世界のアルとユバだ!!

ちなみに先に拍手にあげたアルのと対になってます。

 

       つまるところ、この二人はバカップルと言うことで!!(逃げ)

あ、一番上のタイトル途中で消えてますが、全文は

「腑抜けて爪も牙も失くした獣は狩られて溶けてどろどろのスープにでもなって捕食されるのだろう。

――叶うなら、それがお前だといい」

となっています。

・・・どうでもいいですね、はい。