お前はきっと、俺のことなど忘れるのだろうな―――

 

 

落日

 

 

鮮やかに視界を染めた彩に、ふと記憶の底に埋もれていた影が浮かび上がった。

昔日の記憶。

かつて、一時の間ともにあった赤髪の軍師。

己が手で作り出した見慣れたはずの赤に、なぜ今更そんなものを思い出すのか。

感情の表層を撫で、波を立てる不可解ななにかに、ユーバーは忌々しげに顔を歪めた。

生きてもいない、己に混沌を齎してくれる訳でもない。既になんの意味も持たない者など、思い出してなんになると言うのか。

忘れ去っていないこと事態、ユーバーには以外だった。

己を呼び出したのはかの男であったが、あの折に盟約を交わしたのは別の人間だったはずだ。

男は、束の間の主と定めた人間に仕える駒に過ぎなかった。

 

真の紋章も持たぬ只人を、なぜ覚えている?

 

ぎらつく刃を振りかざし向かってくる人間を一刀の元に切り伏せると、それから噴き出した鮮血に過去の幻影がちらついた。

 

ぱたん、と本を閉じた音がやけに大きく響いた。

男は腰掛けていた椅子から立ち上がり、かすかに床を軋ませて窓辺によると、そのガラス戸を限界まで開いた。

風も無く、太陽の断末魔の散光が街中を舞う砂埃を煌めかせている。その中で家路を辿る人間たちの声が、かすかに部屋の中に届く。

僅かに眼を細め、その他愛無い人の営みを見下ろし、男は死に逝く空の絶対者に嘲りともつかぬ眼差しを送った。

異形はそれを目の端に捕らえたが何の興味も示さずに、ただ己の牙を磨いでいた。ふと、開け放った茜色の空に背を向け、膿んだ光を背に室を振り返った男は、悪鬼に向けて口を開いた。

 

「                     」

 

沈む夕陽のなか、淡々と告げられた言葉だった。

その不可解で、異形にとって当たり前過ぎる事を口に出す意味が分からず、首を傾げたのを覚えている。

なにを愚かなことを、と。

己はそう返したのだ。

それに、あの男は哀しげに微笑った。

逆光の中で晒されたその表情を、残酷なほど明瞭に異形の目は捕らえていた。

何故そんな顔をするのか。

何故、自分は苛立ちを覚えたのか。

なぜ、光の中浮かぶその笑みに、この目が人のように劣っていればいいと思ったのか。

 

それすらも異形には分らなかった。

 

頬を濡らす体液と、瞼の裏を染める赤に、ユーバーは立ち尽くし、今また死に逝く太陽に目を眇めた。

 

 

 

なぜだろう。

 

今、堪らなくあの男に逢いたいのは。